三木行治はかつて岡山県の名物県知事だった人物です。
県知事としての業績としてはまず水島の開発が挙げられます。
誘致キングと呼ばれるほど、多くの企業を水島臨海工業地帯へ誘致しました。

桃太郎を岡山県のシンボルとして定着させたのも、三木行治の業績です。
自身も丸っこい顔から桃太郎知事などと呼ばれ、県民からも愛されていました。
しかし在任中の1964年9月21日に、61歳の若さでお亡くなりになりました。
その業績などについて調べていると、興味深い記載がありました。
お亡くなりになった9月21日はその年に開催される東京オリンピックの聖火が岡山県庁に届いた日だったのだそうです。
もっと取り上げられても良さそうなエピソードですが、私は初めて知りました。
その事実を再び行われる東京オリンピックの年に知る事になるのも、なんとなく不思議な気がします。
三木さん、また聖火が岡山から東京に向かって行きますよ。
良いオリンピックになるといいですね。