2002年の秋に岡山の街角からは誕生しました。
今年は20年目、来年で20周年です。
なぜ個人でサイトを作った?
「なぜ個人でサイトを始めたのか?」は、よく聴かれる質問です。
これの回答はいつも同じで、「流行っていたから」です。
まだSNSと呼ばれるようになるものも無く、ブログも日本ではまだメジャーではなかった。
開始時だとBloggerや楽天広場(現・楽天ブログ)くらいはあったと思うけど、その頃は自分のサイトにCGIの日記を掲載するという形が一般的でした。
だからWEB上で何かをするならサイトを作るというのは、当時は普通の事でした。
今のFacebookのように、一人が一つのサイトを持つ時代が来ると信じられていたのですから。
サイトを立ち上げて2~3年で一気にブログが普及して、サイトから乗り換える人も多かったけど、せっかく作ったサイトだから移行しなかった。
結局そのまま今に至るだけ。続けている理由も本当にそれだけです。
有料レンタルサービス、衰退の時代へ
最初はプロバイダが提供するスペースでサイトを作っていましたが、途中でプロバイダを変える事になりました。
当時はADSLの普及期で、Yahoo!BBのモデム配布が行われたりして一気に利用者が増えていました。
それに伴って通信も不安定になりがちで、プロバイダを色々と変えて安定するところを探そうかというような状況でした。
そこでプロバイダを変えても使い続けられる有料のレンタルサーバーを利用しました。
今でも覚えています、jfast.net。ジャパンファストネットです。
サブドメインで使えるレンタルスペースでした。
この頃は凄く安定していて、サイトのアクセスも順調に伸びた。
無料スペースを使う人が多い時代だったので、有料スペースを使っているというだけで信頼度が高かったというのも少なからずあったと思います。
しかし先にも書いたようにブログの普及で、こういうサービスは急速に縮小していました。
jfast.netは独自ドメインに対応しなかったので、その影響は特に大きかったのだと思います。
3か月おきの支払いにしていて、その都度で請求メールが来て支払いをしていたのが、段々とメールが遅れがちになりました。
もちろん低額なのでメールが無くても支払いをしていましたが、一度忘れてしまったことがあって、サポートへ連絡をしたら「金額をまとめてメールするので、それまで待っていてください。その間は支払いが無くてもサイトを止めたりはしません」というような返信が返ってきました。
これがjfast.netからの最後のメールでした。
次の支払いの予定日になってもメールが来ないので、もうこのサービスはダメになると悟りました。
サイトが残っている内に移転をしなければならないと思い、動き始めました。
okayamania.com開始
最初に考えたのは同じようなサービスへの移行でした。
当時は個人サイトだと使いやすくて安価なロリポップのスペースが人気で、それを考えました。
しかし使い方などを調べていたら、独自ドメインを取得してもそんなに高額にならない事が判りました。
既にサイトではアフィリエイトの広告を使っていて、独自ドメインで運用しても黒字は出せる見通しがあったのでそれで行こうと。
2009年にokayamania.comを取得しました。
okayamaniaは岡山マニアの略。
そのままオカヤマニアをサイト名にしようと思っていましたが、FC2のブログだったかよく覚えていないのですが、岡谷(おかや)さんという方がオカヤマニアと名乗られていて。
それでサイト名は「岡山の街角から」に落ち着きました。
由来は簡単です。
「世界の車窓から」という人気番組がありますが、その小規模版という事で岡山の街角から。
パクリです。
自分がどう生きていくのかを決める日
サイトをやめる事を考えた事があります。
まさにokayamania.comを取得する時です。
当時は結婚もしたので、そのまま子供が出来れば日々に忙殺されてサイトを運営するのは難しくなるのではないかと考えました。
私は今でもサイトで月に10件以上の記事の更新を行っていますが、更新の無いサイトが嫌いです。
サイトはアクティブでないと、読者の獲得は難しいですし、信頼も得られません。
大げさではありますが、独自ドメインを作って、それなりのお金を払ってサイトを続けるなら一生続ける覚悟でいなければならないと思いました。
なので好きだった推理小説などはシャーロック・ホームズなどの好きな物だけに絞って全て処分して。
出来た隙間を全て岡山の資料で埋めようと決めました。
ゲーム類もそこから殆どやっていません。
人生の隙間時間は全てサイトの為に費やす。
そうすれば様々なライフステージの中でも、サイトをアクティブに保てるだろう、そういう風に生きていこうと決めました。
それ以降はサイトをやめる事は考えたことがありません。
未来はどこへ
サイトもお陰様で大きくなりました。
広告も貼らせて頂いて、そこから得られる収入も小さなものではなくなってきました。
先に「やめる事は考えたことがありません」と書きましたが、実はやめるルールは決めています。
広告収入がサイトの維持費に対して赤字になったらやめます。
ただしこれは酷く低いハードルで、恐らくこのままサイトの更新をやめてしまっても私が生きている間に赤字に陥る事はまず無いでしょう。
ただお金の事にはこだわっておきたい。
私はサイトを100年続く物にしたいと思っています。
自分が作っていけるのがせいぜい50年目くらいまで。
後は志のある若い人に託さなければなりません。
その時にサイトの維持費が赤字かどうかは、続けていくうえで重要なポイントです。
人は儲かるなら止めません。
その為にはサイトは黒字でないといけませんし、出来ればサイトを持っている事でかなり潤う、なんならそんなに頑張って働かなくてもいいくらいの副業になるくらいの方が良いのです。
そうすれば私がサイトを託した人も、サイトを頑張って続けてくれるでしょう。
サイトとお金の関係は人によっては嫌うのかもしれませんが、それは私がサイトに携わる内にクリアしておかなければならない事です。
それが実現できれば、一個人が作ったサイトが本当に100周年を迎えられる。
そこを目指して頑張っていくだけです。