最近の記事

【岡山市】妹尾川に架かっていた三連樋のモニュメントを見てきたよ!

読むのにかかる時間:50 秒ぐらい

藤田神社にお参りしたついでに、妹尾川三連樋門の遺構の遺構を見てきました。

かつて藤田神社の近くで妹尾川を越える為に架かっていた三連の樋門ですが、2013年に撤去されました。
歴史的な建造物ではあるものの、既に樋門としての役割は終えており、更にこの道の交通量が増加していたので、やむを得ずと言ったところでしょうか。
当時は私もいわゆるジモティーだったわけですが、周辺住民の率直な声としては便利になるなぁと、そちらの方が強かったです。

これがGoogleマップに残されている在りし日の三連樋の姿です。
マップでは分かりづらいですが、橋はやや坂になっていて、県道(手前側の左右に続く道)から橋に侵入しようとすると、対向車が見えづらかったのです。
更に道が狭いために、県道から橋に侵入してきた車と橋を渡り切ろうとしていた車がうまく離合できなかったりと…、地元ではわりと困った道でした。

この橋の北側に藤田地域センターや公民館、そして藤田神社があるので交通量も多かったんですよね。

と言う事で現在はこのような新橋が架かっています。


橋の傾斜も緩やかになり、更に広い車線と歩道も整備されました。
貴重な橋を遺したいという声も多少はあったようですが、やはり地元で暮らす人々の利便性が大切ですね。

もちろんそうした声も無視されたわけではなく、旧橋はモニュメントとして残されています。


新橋のすぐ横にあります。
見に行きたい人は藤田地域センターを目標に来ればOKです。

見事な花崗岩の橋です。
…とはいう物の、実はこの三連碑の橋が架かっていた頃は橋の周りに木々が茂っていてよく見えなかったんですよね。
モニュメントが出来て初めて、こういう構造になっていたのか…と知ったほどです。

プレートがありましたが、ここに書いてある数字は改修の際の物だと思われます。
橋が作られたのは1904年、藤田組の手によるものでした。当時の物はそもそも無かったのか、もしくは残されていなかったのでしょう。ちょっと残念ですね。




Happy
Happy
0 %
Sad
Sad
0 %
Excited
Excited
0 %
Sleepy
Sleepy
0 %
Angry
Angry
0 %
Surprise
Surprise
0 %
こちらもお勧め  【倉敷】児島一島の総鎮守「清田八幡神社」|重要文化財の本殿と張り紙の謎

岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

Average Rating

5 Star
0%
4 Star
0%
3 Star
0%
2 Star
0%
1 Star
0%

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

こちらを読み忘れていませんか?