【玉島】消えゆく「天ぷら火災」の記憶|古い看板に宿る調理と技術の変遷史

そういえば聞かなくなった? 天ぷら火災

「天ぷら火災 御用心」とあります。
玉島の古い街並みを散策している途中で、このような看板を見つけました。
着いていたのは古い消防倉庫です。私がいた興除の辺りでは機庫と呼んでいましたが、この辺りでは違うのでしょうか。
それもまた調べてみたいと思いますが、取り合えず本日の話題はレトロ看板です。
そういえば子供のころは「天ぷらからの火災」という話しをたまに目にしたような気がします。
玉島の辺りで天ぷらを家庭で作るのが一般的だったのかはさておき、ピンポイントで指摘しているあたり、昔の火災の原因としては多かったのでしょうね。
逆に最近聞かなくなった理由についても調べてみました。
これには大きく二つの理由があるようです。
天ぷら火災が減った理由
- ・センサー付きのコンロの普及
- ・一般家庭で作らなくなってきた
大きくこの二つの理由があるようです。
特に前者に関しては2008年からは国内製品ではセンサーの装着が義務付けられているので、火災が起こりづらい環境が整っています。
なべ底が異常に暑くなっている事を検知すると、火が自動的に停止します。
これはIHでも同様です。
後者に関しては共働きの家庭が増えて、油の後片付けなどで時間がかかる天ぷらが敬遠されるようになったようです。
現在ではお惣菜で購入したり、外食の時だけ食べるメニューとしている家庭もあるようです。
確かに作るのはわりと簡単ですが、後の片づけは油の処理や、食器などについた油を洗い落としたり等々、わりと面倒なことも多いですね。
家庭の味としての天ぷらが衰えてしまうのは寂しいような気もしますが、それで火災が減るのであれば、まぁそれもアリなのかもしれませんね。
ということで、天ぷら火災の看板から技術の進化や、世相の変化を読み取れる興味深い事例でした。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












