旧・玉野三井病院、置塩章の遺産と夜の病棟|1937年築の建物と失われた風景

写真を整理していたらこんな写真が出てきました。
夜の玉野三井病院の写真です。現在では玉野市民病院と合併、たまの病院として再スタートを切っています。
今回紹介する写真は独立時代の旧病院の建物です。今は失われた懐かしい風景をご覧ください。
2019年頃、お見舞いの為にギリギリの時間帯での訪問でした。
玉野三井病院の建物は1937年に建てられました。
設計は置塩章率いる置塩章建築事務所です。
公共施設を中心にゴシック・リヴァイヴァル建築で知られる建築家です。
三井病院の外観は後から外装に手が加えられていますが、若干そうした雰囲気が感じられます。
内部も現在に合わせた設備のアップデートやリフォームは行われているものの、基本的には建設当時のままです。
玄関は自動ドアになっていますが、それ以外の個所は戦前の映画のような雰囲気です。
内部のこの柱の感じなどは現在の建物では余り見られません。
ちなみにこの辺りは外来で診察に来た人の待合所です。
私はこの少し先の眼科に通っています。
そして続いては階段。
階段はかなり年代が感じられます。
後付けの手すりが浮いた感じですが、昔の映画の警察署などを思わせる雰囲気は沖塩 章さんが公共施設を多く手掛けた影響もあるかもしれません。
…ということで、病院内の紹介でした。
当時は母が入院しており、必要な備品を届けに仕事終わりのギリギリの時間で病院に飛び込む…という生活でした。
母が亡くなった今となっては、それもいい思い出です。
玉には多くの親戚が住んでおり、最後はこの病院で看取ってきました。
私も実母、曾祖母、祖父、祖母とここで看取りました。
自分もいつかはここで…とまでは思っていませんでしたが、無くなってしまったのは寂しいなと思います。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。















