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倉敷市船穂町の一の口水門を訪れた際に、周辺の余りに良い雰囲気に散策していると小さな神社がありました。
参道入り口のイチョウが鮮やかな色に輝いていて、思わずカメラを構えながらお参りしてきました。


規模的にはさほど大きな神社ではありません。
鳥居の額には「荒神社」と「惣堂社」の二つが並んで刻まれています。

惣堂は地区の住民らが共同で作ったお堂の事を指します。その神社版という事でしょうか。
色々なところを散策していると、古い時代には地区に一つはあった方が良いという考えから、勧請されて作られた神社というのはよく聞きます。
ここもそういう場所なのでしょう。

実際、岡山県神社庁のサイトではこの神社は登録されていませんでした。地区の人々で管理し、神職などは置いていないのだと思います。


それにしては立派です。

本堂と拝殿が一つになっている形式ですが、なかなかの大きさです。
この辺りは家があまりありませんが、これだけの物を作るという事は豊かな地区だったのでしょう。
一の口水門、二の口水門がありますし、物資の輸送や渡しなどのそれらが産業になっていたのかもしれません。

社殿の中には幾つかの写真が飾られています。
その中の一枚が昭和57年(1982年)に社殿の大掛かりな修復工事が行われた事を示していました。
あまざらしのわりにしっかりとした建物なのは、工事からは半世紀も経っていないためでしょうか。

そして上の写真は大正6年に小野滝市という人物が帰国した記念として撮られた事が記録されています。
時期的には第一次世界大戦のころなので、復員したのかもしれませんが、地区出身のエリートで海外で何かしらの勉強や研修をしてきたという記録なのかもしれません。

明治天皇、昭憲皇太后と、まだ幼い大正天皇の写真があります。
その下にあるのが先に挙げた修復工事の写真。

こうした貴重な地区の記録が刻まれた神社。
44年前に修復工事が行われましたが、次の工事は行われるのか。人口は都市部に集中し、この惣堂社がある辺りは人の気配も少ない状況です。
地区の歴史共々、消えてしまうのであれば惜しい限りです。

ところでこの神社にはもう一つ興味深いものが飾られていました。
それは別の記事で、また近い内に紹介します。




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