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【玉野】奇跡の「軽島」伝説が息づく宇野八幡宮|戦時下に再建された威厳ある社殿と、境内の主

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玉野市の宇野八幡宮を散策してきました。
市立玉野商工高校のトンネルを宇野地区側に抜けると、すぐの場所にあります。

住宅地の側に鳥居が向いているので、地元の方以外だと場所を知らない方も多いかもしれません。
しかしご覧の通り大きな神社です。

手水舎もきれいな水です。
神社の人出という表現は罰当たりかもしれませんが、手水舎に新しい水が注がれ続けているのは参拝者の多さを測る要素の一つです。

境内には立派な備前焼農海運業の守護神として慕われてきた神社です。
別称として軽島八幡宮の呼び名があります。

神社は元は玉野市の藤井(玉野市宇野4丁目付近)に鎮座していましたが、元禄時代に現在地へ移される事になりました。
その時に社殿が重く、どうしても動かす事が出来ませんでした。

そこで神官が社殿の移転を請い奉ると、今度は社殿が軽くなり、移転はスムーズに行われました。
この出来事から神社や、その社地である小丸山を軽島と呼ぶようになりました。

岡山県神社庁のサイトによると、その頃の正式名称は単に八幡宮だったそうです。
宇野八幡宮の呼び名になったのは1983年と、比較的に最近の事です。
この時に軽島ではなく宇野となったのは、氏子地域の方を採った為だそうです。

立派な拝殿です。
1939年に社殿を焼失する火災があり、現在の建物は1942年に再建された物です。

幣殿、本殿も非常に立派なものです。
数字に間違いがなければ、戦争で大変な時期に約4年で竣工した事になります。
その事が全くマイナスに働いていない、奇麗な建物です。

神社で飼われているのか、境内で猫がくつろいでいました。
もしかするとこの子にも会えるかもしれません。




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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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