【高梁市 有漢】雪舟の庭園も!平安時代創建の古刹「寶妙寺」の歴史と見どころ

高梁市の浄池山 寶妙寺にお参りしてきました。
有漢町に鎮座する寺院で、お参りは今回が初めてでした。

これまで立ち寄らなかったのが不思議なほど立派な寺院でした。


こちらが山門です。
寶妙寺の歴史を紐解くと平安時代に創建された、県内でも有数の古刹である事が分かりました。
宗派は真言宗です。

最も栄えたとされるのは室町時代の事で、寶妙寺を中心に十三坊が立ち並んでいたそうです。
この周辺は宗教都市として栄えていたのでしょう。
現在の高梁市役所の有漢地域局(支所)は県道沿いに移転していますが、有漢町時代からの町役場は寺院から徒歩数分の場所に置かれていました。
こうした地区の中心として栄えてきたのは、寺院を中心として賑わってきた名残だったのかもしれません。

 


山門の仁王像は江戸時代後期の作品です。
寺院の案内看板でも紹介されている立派な像です。その古さもさることながら、迫力が凄いです。
寺院の山門に金剛力士の像を置くのは、寺院に悪いものが入ってこないようにとの守護の意味があります。
これなら悪いものも怖くて入っていけなさそうです。大して悪くないはずの私でも怯えてしまうくらいですから。


中にある庭園は雪舟の設計によるものなのだとか。
見ることは叶いませんでしたが、寺宝の一つとして雪舟の画も伝わっているようです。

本堂は江戸時代末期に板倉勝静(備中松山藩の藩主)による寄進です。
江戸時代における松山藩の最後の藩主で、旧幕府軍への忠義から最後まで抵抗をつづけました。その為、禁錮処分を受ける事となります。年齢的にはまだまだ若かったものの、この時点で家督は板倉勝弼が相続し、備中松山藩の最後の藩主となりました。

何かと立派な寺院で、見どころたっぷりです。
周辺にはレトロな街並みも残りますし、有漢で街歩きをする際に組み込むのにお勧めのスポットです。




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