【食の起源】福田神社の保食神:ツクヨミが怒った神話と牛馬に感謝する信仰

ちょっと順序が狂いますが、先日倉敷市の福田神社にお参りしてきました。
天気予報が微妙な日だったので、崩れるまでに近場を回る計画です。

その際に見かけたのがこちら、捕食神です。


捕食神は食べ物の起源となったとする神話が伝わる神です。
口から米や魚、肉といった食べ物を生み出す神です。このように書くと気持ち悪いな…と思う人もいるかもしれません。
これは神様も同じだったようです。日本書紀には、天照大神から捕食神を紹介されたツクヨミは口から生み出された(吐き出された)食べ物で自らをもてなそうとした事に腹を立て、捕食神を殺してしまったというエピソードが紹介されています。

  • この時に保食神から我々が日常的に食べているものが生み出されました。
    から馬、から粟、から蚕、から稗(ひえ)、から稲、陰部から大豆小豆…と伝えられます。

食べ物は神々から与えられるものではなく、人々が作り、増やしていくものになったのですね。視点を変えれば、保食神の恩恵により、私たちは食事が出来ているわけです。

これらのご利益の中でも、現在は牛馬の恵みを司る神様として知られています。
祀られている時は、大抵が牛馬関連ですね。以前に訪れた神社では大きな馬の像が奉納されていました。


この福田神社の保食神も同様で、石碑の周りに牛の置物が奉納されています。
恐らく近辺の畜産農家の方が治めているものでしょう。賽銭箱の右側にあるのは豚のようにも見えます。

逆に馬はいませんね。水島の開発時期を考えると馬というのは余り歴史的に関わっていないのかもしれません。

…ところで、この牛。


以前にお参りした、備前市の田倉牛神社の牛と同じものがいくつか見られます。
田倉牛神社のオリジナルのものではなく、どこかで製造されているお供え物だったのでしょうね。
願い事が叶うと倍返し(牛の置物を一つ持ち帰り、満願で二つお返しする)するという風習にのっとり、我が家にも一体お連れしており、同じものだったので驚きました。

という事で今回は保食神のご紹介でした。
現代を生きる私たちは自分たちで働いて給料を稼ぎ、それをお店に支払う事で食べ物を手にします。
こういう生活の中ではなかなか食べ物や食べられることに感謝するという気持ちは芽生えづらいものです。保食神に手を合わせる時くらいは犠牲になっている動物や、神々からの恵みに感謝の言葉を口にしてみるのもいいかもしれません。

こちらもお勧め  【足のご利益】玉野市・與太郎神社へ行ってきたよ!

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください