岡山市の東山を訪れた際に、岡山県原爆被爆者之碑という石碑を見てきました。
広島、長崎で原爆の被害に遭った人の慰霊の為に作られたものです。
岡山県は広島県との人の行き来が盛んなので、特に広島出身の方や親族がいるというケースも少なくないでしょう。
そういう人の為に岡山から広島、長崎の原爆被害者の方々へ思いを馳せる場所として整備されたものです。

シンプルな作りですが、そこに込められた思いを思うと背筋が伸びる思いでした。
ところでこの原爆被害者の碑ですが、実は高梁市にもあります。
昭和47年に東山のものと同様に県としての慰霊碑が高梁市に作られました。
対してこちらの石碑は平成22年です。個人的にこの2つの関係がよくわからずにいたのですが、現地に設置されている案内板に答えがありました。

ざっと要約します。
最初に作られた高梁市の慰霊碑が県としての公式な慰霊碑で、そこで祈念事業が実施されてきました。
しかし高梁市落合町の山中に作られた慰霊碑は道は急な坂道を上がる必要があり、原爆から年月が経ち高齢化した遺族らが訪れるのが困難になりました。
そこで1998年からは祈念事業を慰霊碑の前ではなく麓で実施するようになりました。しかし慰霊碑なしの行事は集客力に欠け、そこでアクセスのいい岡山市に新たな慰霊碑が作られることになりました。
高梁市の慰霊碑もそのまま残されており、どちらを訪れてもいいようです。
ちなみに岡山市での慰霊碑の完成を受け、高梁市で実施されてきた祈念事業は終了。現在では高梁市長が代表して広島への原爆投下の日にお参りに訪れています。
見晴らしのいい場所に設置された慰霊碑にも当時の人の思いが込められていますが、戦争から年月が経過し直接の関係者が高齢化、逝去していることを考えると、訪れる人の多い場所への移設は語り継ぐという点でいいことだと思います。もちろんそれによって高梁市の慰霊碑の影が薄くなるようなこともあってはならないことです。
どちらの慰霊碑も後世に残していかなければなりません。
