【瀬戸内市】旧虫明小学校跡地を訪ねて。軍人「中岡黙」の顕彰碑が語る歴史の断片

瀬戸内市邑久町虫明を散策中、Googleマップに表示された「旧虫明小学校跡地」というスポットが目に留まりました。

場所は、現在の瀬戸内市役所 裳掛出張所のすぐそば。
目的地へ向かう道すがらにそばを通った場所です。そこにあった石碑の存在を思い出し、足を止めてみることにしました。

公的施設として受け継がれる「学校跡地」

こちらが「旧虫明小学校跡地」の現在の様子です。 多くの学校跡地がそうであるように、ここも現在は公的施設として利用されています。市町村が小学校跡の土地を保持し続けるのは、学校という場所がもともと「人々が集まりやすい好立地」に選ばれているからでしょう。

石碑から読み解く虫明の歴史

旧虫明小学校についてはネット上にもほとんど情報がなく、「この石碑を読み解けば貴重な一次情報になるのでは…!」と期待したのですが、調査の結果は意外なものでした。

実は、旧虫明小学校跡を示すのは、画面右側にある控えめな石柱のみ。

では、その奥に鎮座する立派な石碑は一体何なのか。

調べてみると、これは虫明出身の軍人、「中岡 黙」の顕彰碑(頌徳碑)でした。

陸軍少将・中岡黙と、宇垣一成の揮毫

中岡 黙は、陸軍で少将まで上り詰めた地元の名士です。 石碑の建造年は確認できませんでしたが、碑文の額(タイトル部分)を揮毫したのが、岡山出身の政治家・軍人として知られる宇垣一成であることから、戦時中に建立された可能性が高いと考えられます。

かつてこの石碑は、小学校の敷地内にあったのかもしれません。 地域の偉大な先達としてその功績を子供たちに示し、「彼のように立派な軍人になって国に尽くしましょう」という当時の教育的意図が、この立地には込められていたのではないでしょうか。

ふらりと立ち寄った小学校跡。しかし、小さな校跡の石柱と、圧倒的な存在感を放つ顕彰碑が並ぶ光景を前に、当時の時代背景が重く心に響くひとときとなりました。




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