最近の記事

【瀬戸内市】旧虫明小学校跡地を訪ねて。軍人「中岡黙」の顕彰碑が語る歴史の断片

読むのにかかる時間:1 分, 7 秒ぐらい

瀬戸内市邑久町虫明を散策中、Googleマップに表示された「旧虫明小学校跡地」というスポットが目に留まりました。

場所は、現在の瀬戸内市役所 裳掛出張所のすぐそば。
目的地へ向かう道すがらにそばを通った場所です。そこにあった石碑の存在を思い出し、足を止めてみることにしました。

公的施設として受け継がれる「学校跡地」

こちらが「旧虫明小学校跡地」の現在の様子です。 多くの学校跡地がそうであるように、ここも現在は公的施設として利用されています。市町村が小学校跡の土地を保持し続けるのは、学校という場所がもともと「人々が集まりやすい好立地」に選ばれているからでしょう。

石碑から読み解く虫明の歴史

旧虫明小学校についてはネット上にもほとんど情報がなく、「この石碑を読み解けば貴重な一次情報になるのでは…!」と期待したのですが、調査の結果は意外なものでした。

実は、旧虫明小学校跡を示すのは、画面右側にある控えめな石柱のみ。

では、その奥に鎮座する立派な石碑は一体何なのか。

調べてみると、これは虫明出身の軍人、「中岡 黙」の顕彰碑(頌徳碑)でした。

陸軍少将・中岡黙と、宇垣一成の揮毫

中岡 黙は、陸軍で少将まで上り詰めた地元の名士です。 石碑の建造年は確認できませんでしたが、碑文の額(タイトル部分)を揮毫したのが、岡山出身の政治家・軍人として知られる宇垣一成であることから、戦時中に建立された可能性が高いと考えられます。

かつてこの石碑は、小学校の敷地内にあったのかもしれません。 地域の偉大な先達としてその功績を子供たちに示し、「彼のように立派な軍人になって国に尽くしましょう」という当時の教育的意図が、この立地には込められていたのではないでしょうか。

ふらりと立ち寄った小学校跡。しかし、小さな校跡の石柱と、圧倒的な存在感を放つ顕彰碑が並ぶ光景を前に、当時の時代背景が重く心に響くひとときとなりました。




Happy
Happy
0 %
Sad
Sad
0 %
Excited
Excited
0 %
Sleepy
Sleepy
0 %
Angry
Angry
0 %
Surprise
Surprise
0 %
こちらもお勧め  【玉野】櫻屋幸吉橋を歩く|空を夢見た表具師「鳥人幸吉」のルーツと不屈の職人魂

岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

Average Rating

5 Star
0%
4 Star
0%
3 Star
0%
2 Star
0%
1 Star
0%

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

こちらを読み忘れていませんか?