高梁市の岡山県原爆慰霊碑を訪れてきました。
先日、「なぜ? 2010年に建てられた2つ目の岡山県原爆被爆者之碑」という記事において、岡山県で二つ目の件の原爆被爆者の慰霊碑が建てられた経緯について紹介しました。
そういえばこのブログで高梁市の方の慰霊碑を紹介したことがなかったと思い返し、高梁市のパレットに食事に行った際に足を延ばして訪問してきました。
高梁市の慰霊碑は市街地の北西部に位置する落合町の「方谷林公園」という自然公園の最も高い場所に設置されています。
先日の記事では、この公園へのアクセスが高齢になった遺族らが訪問するのに負担であるために訪問者が減ってしまったという経緯を紹介しました。
では実際に見ていただきましょう。

方谷林公園は名前こそ公園とありますが、実際のところは休憩のための東屋を備えただけの林道といった方が分かりやすいかもしれません。
上の写真のような道が続き、普段から歩きなれている私でも息が上がりそうになります。
公園自体も訪れる人が余り多くないのでしょう、時期によっては枯葉に脚を取られてしまうかもしれません。
被爆者の慰霊のためとはいえ、この道を高齢になったご遺族らが進んでいくのが厳しいのは言うまでもない…といった状況です。

そして林道を進んだ先にあるのがこの慰霊碑です。
正直な感想でいうと、岡山市に新設されたものよりもこちらの方が立派なものです。
設営された時期や、当時の経済状況などもあるでしょうし、岡山市の方はあくまでも訪問しやすさを重視して新設したものと云う部分も影響するのかもしれません。
それと新設の話題を見聞きして勘違いしている人もいるかもしれませんが、こちらの慰霊碑が役割を終えたわけではありません。
行事等は訪れやすい岡山市の方に移されましたが、こちらも現役の慰霊碑であり、高梁市の市長が現在も訪れるなどしています。訪問した際も色鮮やかな千羽鶴があり、ここを訪れる人が決して途絶えたわけではない事が伝わってきました。
こういった慰霊碑を見晴らしのいい場所、そして私たちが生活する場所より高い場所に…というのは、古い慰霊碑、頌徳碑などではよく見られます。
恐らく高い場所=いい場所という発想に基づくものだと思いますが、高齢化の時代ではそれは難しいのかもしれません。車道を整備するほど人が訪れる…というわけでもないでしょうし。その為に木々を伐採するというのが好意的に受け止められる時代でもありません。

慰霊碑の敷地内には所狭しと原爆被爆〇〇周辺の記念碑が建てられています。
五年ごとに作られていたようです。私の見落としかもしれませんが60周年まで確認できました。
岡山市に新たな石碑が建造されたのが65年目となる2010年です。私の見落としの可能性もありますが、新たな記念碑の設営もこのタイミングで終わりにしたのかもしれません。
こういった私の住む県南部の干拓地のエリアでは干拓〇〇年記念碑みたいなものもありますが、際限がなくなってしまう…というのはあるんですよね。
近々倉敷市水島地域の神社を紹介しようと思いますが、境内に干拓〇〇年の記念碑が、雨後の筍が如く建てられている様子は、先人への感謝の念を感じると同時に、遠い将来に境内がビル街のように記念碑で埋め尽くされるのではないかとさえ思いました。
…と、余談になりましたが、高梁市の被爆者慰霊碑の紹介でした。
慰霊碑までは方谷林公園の入り口から10~15分程度で訪れる事が出来ます。ただし車で訪れる場合は周辺に駐車場がないので、少し離れた観光駐車場から徒歩で訪れる必要があります。自転車、二輪車の場合は入り口付近に通行の邪魔にならないスペースがあります。

