散策中に地図を確認していたら、なんかかっちょいい名前の神社があったのでお参りしてきました。
その名も「天御柱神社」です。

読み方はアメノミハシラ神社です。
これは神様の名前です。天御柱大神と呼ばれ、風の神様として知られています。
奈良の龍田大社の祭神として著名です。國御柱命とは対の存在となり、この神社でも同じく祭神として祀られています。
この二つの神を手厚く祀ることで様々なご利益がある…というのが前述の龍田大社の由緒です。恐らくこの神社も同様の理由で二神を祀っているものと思われます。
岡山県神社庁の解説では、神仏分離により現在の社名になったことが記されています。
参道の入り口が心鏡寺と隣り合わせになっているので、元々は心鏡寺が神仏習合の寺院で、そこから分離したのかと思ったのですが、実際は少し違うようです。
元は同じ羽島にある法輪寺に属し、それが神仏分離の為に神様の部分を心鏡寺に移したそうです。そして、後に前述の二神などを祭神として迎えて現在の天御柱神社としたそうです。
なので心鏡寺と関係があるというのは間違いないのですが、その始まりは多少異なります。
心鏡寺と法輪寺の関係がざっと見たところ見つからなかったのですが、単に天御柱神社の隣にあったので管理を託した…という事なのでしょうか。
駐車場はありませんが、参道口周辺に多少のスペースがあるのと、心鏡寺に駐車場があるのでお参りの間だけ駐車の許可をもらう…などで、車や自転車、バイクでのお参りも可能かなと思います。

柱が太くて立派です。
社殿としては決して大きなものであ貼りませんが、そのお陰か妙に迫力があります。
社殿の建築時期などは分かりませんが、そこまで古いものではなさそうです。鳥居や灯篭、狛犬といったものは江戸時代の物で、現地の案内看板に記載がありますが、拝殿や本殿は記載がないのはどこかで刷新されて特筆するような歴史がないためでしょう。
拝殿もサッシがはまっていますしね。

拝殿の中はこのような感じです。
拝殿って内部は一つの空間になっていて、その中央に祭壇がある…という並びが定番ですが、ここは部屋が分けられているような、変わったつくりです。
特に意味があるわけではないのでしょうが、まるで神道の一般家庭に見られるような祭壇の間のようです。

こちらが本殿です。
何故か向かって右側だけトタンの壁で守られています。
この手の覆いは備中方面の神社でたまに見られますね。本殿の寿命を長くするための施策なのでしょう。
こじんまりとしてはいますが、境内の草や社殿にも埃もなく奇麗に管理されているのが分かります。
その成り立ちなど、非常に興味深い神社でした。何か詳細な資料でも見つかれば、より細かな部分も紹介していけると思います。お楽しみに。
