岡山県でかつて有名なスポットとして「キューピーの館」という建物がありました。
子供の安産祈願か健康な育成を願うための宗教施設だったと思わる廃屋で、建物の中にその祈願と共に奉納されたとみられる赤ちゃんの人形が残されていました。
その事が怪談として噂を呼び、キューピーの館と呼ばれるようになりました。(建物は現在、倒壊で失われました)
ところでその怪談の中でキューピーの館の関連施設か?と言われる宗教施設がもう一つありました。
それが「三光天王」と呼ばれる仏教の神様です。
キューピーの館の近くに祀られていましたが、参道の崩壊に伴い移されました。
その移転先が最上稲荷の奥の院、一乗寺です。
先日、お参りに行ってきたので現在の状況を撮影してきました。

こちらです。
一乗寺の境内には非常に多くの題目岩が設置されていますが、その中に紛れるようにして三光天王が祀られています。
他の題目岩とは違い「天照閣」という東屋が設置されています。
元々の三光天王の信者がお参りできるように設置されているのでしょう。
扱いの手厚さが、元々は独立して祀られていた歴史を物語るように見えます。
こちらが三光天王様です。
裏面には、参道崩壊により当地へ移転された経緯が刻まれており、移転は1981年(昭和56年)であったことが分かります。
この三光天王については、地元でいくつかの噂話を耳にしたことがあります。
ただし、以下の内容は文献などによる裏付けがない口伝レベルの話であることを、あらかじめ断っておきます。
三光天王の「三」は「産」に通じるとされ、子宝や安産にご利益がある信仰対象だったと言われています。
そこで気になるのが、**キューピーの館は三光天王の関連施設だったのか?**という点です。
私が聞いた話では、両者は別物とされています。
三光天王の信仰に便乗する形で、新興宗教的な施設として生まれたのがキューピーの館であり、同様のご利益を掲げていた、という見方です。
現在、民間信仰や地域宗教に関する資料を調べても、キューピーの館はおろか、三光天王に関する記述自体がほとんど見当たらない状況です。
ただし、現在の一乗寺では、人形を奉納するような信仰の痕跡は確認できません。
移転からすでに40年以上が経過しているため、信仰そのものが廃れてしまった可能性も考えられますが、
この点は、キューピーの館と三光天王の信仰が本来は別系統であったという解釈を補強する材料にもなり得るのではないでしょうか。

