岡山・香川のテレビ史に刻まれた「352社」の野望|テレビせとうち開局秘話
岡山経済を深掘りする「VISION岡山」の企画『プレイバックおかやま経済』。その中で紹介されていた**テレビせとうち(TSC)**の開局にまつわるエピソードが、実に興味深いものでした。
今では当たり前のように視聴しているTSCですが、その誕生までには凄まじい「争奪戦」があったのです。
財界有力者が総出。空前絶後の「352社」申請
1985年の開局に先立ち、放送免許の申請が行われたのは1982年のこと。 驚くべきは、その免許を求めて手を挙げた企業の数です。なんと、352社。
放送免許の申請には、1社につき発起人7名、番組審議委員7名、計14名の有力者が必要とされます。単純計算でも、岡山・香川の財界有力者4,928人が何らかの形で関与していたことになります。 まさに「県内の名士で関わっていない者はいない」と言われるほどの、空前絶後の狂騒曲でした。
「日本初」と「昭和最後」の称号
激しい競争を勝ち抜き、無事に産声を上げたテレビせとうち。実は多くの「伝説」を持っています。
- 広域圏初のテレ東系列:三大都市圏以外で初めてテレビ東京(TXN)系列として開局。
- 昭和最後の民放局:1985年10月1日に開局し、昭和という時代の終わりを飾る最後に誕生した民放テレビ局となりました。
地方局でありながらテレ東の独自色を岡山・香川に持ち込んだことは、当時の放送文化において極めて画期的な出来事だったのです。
中鉄バスから山陽新聞へ。資本の交代劇
開局時の筆頭株主は、意外にも中鉄バスでした。 しかし、1999年に中鉄バスが保有株を山陽新聞社へ売却。
これと同時に、ケーブルテレビ局の岡山ネットワーク(oniビジョン)の株式も山陽新聞へと渡りました。
現在は山陽新聞本社ビル内にスタジオを構え、山陽新聞グループの中核メディアとして定着していますが、そのルーツに「バス会社の情熱」があったことは、今ではあまり語られない歴史の一ページです。
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