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【浅口】巨大宗教の「起源」を訪ねて|浅口・香取金光教本部と、土着の信仰が守る歴史の風景

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先日、浅口市金光町を散策した際に、浅口市のもう一つの金光教である「香取金光教」の本部にお参りしてきました。

非常に知名度の高い金光教に対して、香取金光教は岡山ローカルの宗教といった趣で知らなかったという人も多いのではないでしょうか。
まずはその歴史について軽く触れておこうと思います。

金光教と香取金光教の誕生

香取金光教は金光教の教祖である赤沢文治(金光大神)の弟、香取繁右衛門が開いた宗教です。
時系列でいえば金光教よりもこちらの方が先で、金神の神がかりを受けて1857年に立教しました。この時に立教を手伝い、弟を通して金神の信仰を深めていったのが、兄の赤沢文治でした。
後に自身も神がかりを受けて、弟とは別に立教するに至ります。これが現在もよく知られる金光教の起源です。

金光教はその後、快進撃とも呼べる広まりを見せて幕末三大新宗教の一つに数えられる規模に成長していきます。
…という事ばかりがよく知られ、その起源である香取金光教について言及される事は余り多くありません。

 


香取金光教は金光教とは別にその後も信仰され続け、現在も金光町の地に本部を構えています。
巨大な宗教都市を形成する金光教本部とは異なり、住宅地の中にこのような参道が現れます。参拝者向けのお土産屋などもありません。

香取金光教の信者数は公表されていませんが、駐車場の数などから見て恐らく地域の守り神とされるような神社と同規模くらいではないかと思います。
宗教としては金光教とよく似た内容で、基本的に神の言葉を人間に伝えるという「取次」が主となる点で同じです。
見方を変えれば同じ考えを持つ宗教で、数十万人の信者を有するとされる金光教の本部のおひざ元で、それでも現代にいたるまで香取金光教が続いているというのは、宗教的な確固たる違いや魅力があってのことだと思います。

もう少し二者の性格を深堀してみると、大きいのは香取金光教の教祖は香取繁右衛門であり、対する金光教の教祖は赤沢文治…ですが、途中で神号を授かったとして「金光大神」と名乗るようになっています。
どちらも神の声を聴くことが出来、それを人々に伝えるという特殊な立場である事は違いありませんが、「神がかりを受けた人」にとどまった香取繁右衛門に対し、神格化する方向を採った「金光大神」というスタンスの違いは興味深いですね。ありていに言えば、そちらの方が大衆に受けた…という事なのかもしれません。

お参りしてきた

それでは文字ばかりを連ねて退屈だと思われる前に、実際の写真をご紹介しましょう。
先ほどの参道を進むと、坂の上に香取金光教の本部が見えてきます。
金光教本部とは車なら10分足らず、徒歩でも30分程度という近距離にあります。

この坂を上がれば香取金光教の社殿で、左に曲がると教祖の生家があります。
建物は当時のものではありませんが、今も香取家の親族が居住しているようです。家のすぐ近くに宗教施設を建てて立教したという歴史がそのまま残されています。

余り金光教と比べてばかりいると信者の方にお叱りを受けてしまいそうですが、神社としては決して大規模なものではありません。
ただし私がお参りしている間、地元民と思われる方が庭木を整えに来ておられました。境内の木々や地面は綺麗に整えられており、地元では今でも親しまれている事が伝わってきます。


こちらが香取金光教の社殿です。
庭木の整理の邪魔にならないように、少し離れた場所からの撮影になりました。

社殿も決して大きくはないものの、なかなか立派なものです。


こちらが金光教本部の建物です。
どことなく雰囲気が似ているように感じます。同じ時代に立教し、恐らく同じような教会を起源としてきた歴史が、どこかでつながっているのかもしれません。

ちなみに現在の二者は共同で何かの行事を行ったりなどと言った関係は特にないようです。

という事で今回は二つの「金光教」の現在の様子を見ながら、その歴史に触れてきました。
大規模になった金光教との比較のような記述もありますが、宗教が目指すのは、人々の持つ不安の解消にあると思います。
それを日本中に広めた金光教は言うまでも凄いですが、地元の人々に寄り添い、今もなお地元の人々に親しまれ続けている香取金光教の方向性も、やはり宗教施設としては間違いではないと思います。

今の日本は宗教心が徐々に失われてきています。
競い合うような事は全くないのでしょうが、拡張路線をとった金光教と、土着した宗教として当地に根付く香取金光教。二者の今後がどのように変化していくのか、この地を訪れて深く考えさせられました。。

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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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