【解体から3年】由加山「お札の家」の現在。噂の真相とブーム終焉後の静かなる現場を訪ねて

2022年に解体された「由加山お札の家」。
長らく岡山県の心霊スポットの定番として親しまれてきた廃墟でした。

晩年にはYouTuberのブームにより、ちょっとした観光地のように人の侵入が続き、それが最終的にお札の家の解体につながったようです。
ようやくブームが終焉を迎え、静けさを取り戻した現地を訪れてみました。


お札の家に続く道です。
この道は荒れたままですが、すぐ下の道は由加バイパスの開通に合わせ奇麗に工事されました。
このお札の家に続く道も登り口までは奇麗になっているので、もしかすると遠からずこの道も直されるのかもしれませんね。

かつては多くの人々が胸を高鳴らせながら歩いたであろうこの道の先にお札の家はありました。


これが2025年10月時点のお札の家の状況です。
解体から3年が過ぎてすっかり草が伸びてきました。

敷地内には母屋と蔵がありましたが、すべて撤去されて後ろの方に見える石塔のみが残されています。
余り便利のいい場所ではありませんし、前を通る道も昨今の自動車では普通車でも道幅を気にするような道なので、新たにここに住みたい、何か建物を建てたいと考える人は少ないのではないかと思います。
10年、20年と経過した頃にはすっかり山に戻っているのかもしれません。


お札の家は倉敷で発足した天地教という新興宗教の施設でした。
そんな名残が残置物に僅かながら伺えます。

お札などのこうした宗教関連の残置物が噂に拍車をかけてしまいました。

在りし日の様子を見てみましょう。

外から見えた御札の家の内部(無断転載禁止。使用希望の場合は料金をお知らせします)

これは窓から見えた内部の様子です。
多くの人が土足で立ち入り、荒らしていった為にひどい状態でした。

後年には上がることが難しくなっていた2階は、この部分では床が抜けて空が見えていました。

2階といえば棺があるという噂がよく知られていますが、現代の言葉でいうところの衣装ケースに該当する「長持」という箱でした。
この中に布団を片付けてあったのを、誰かが面白がって箱の中で広げたのが棺桶の噂の発端でした。お札も昔は散乱しておらず、侵入した誰かが放り投げるか何かして散乱させたと言われています。

ところでたまにささやかれるダミー説にも触れておこうと思います。
お札の家の近くに、同じような廃墟でそれっぽい建物があり、誤ってそちらに訪問する人が多い…というもので、その建物がダミーと呼ばれていました。
このダミーと呼ばれる廃墟があったのは福山のお札の家です。昔は混同されていなかったので、インターネットで由加山のお札の家についてみていて、ダミー説を書き込んでいる人がいて驚いたものです。
お札の家を扱う写真や映像を見て勘違いしている人も多いと思いますが、建物は人気のない山奥にポツンと佇む一軒の廃墟…というわけでありません。


お札の家から歩くと、このように住宅地が続きます。
さすがに近年は写真のすぐ左側の会社の工場跡のような空き家も見られるようになってきましたが、基本的に人が住んでいる建物の方が多い住宅地です。
お札の家はその住宅地の端っこに位置します。なので噂が流れていた当時にさかのぼれば、ダミーと呼ばれるような廃墟もありませんでしたし、更にその奥に潜む謎の廃墟…といった建物もありませんでした。

心霊スポットの噂なんてそのようなものといってしまえばそれまでですが、建物も失われ、ようやく近隣にも静けさが戻ってきたのですから。もうダミーの噂もつぶしていいころ合いではないかと思い、付記しました。




こちらもお勧め  1963年の雑誌に刻まれた岡山県への提言―工業県への転換は正解か?

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください