津山事件・都井睦雄はなぜ「彼女」を逃がしたのか?襲撃順から読み解く複雑な情念

少し前の記事で津山事件の襲撃の順序についてを公開しました。

前回の記事を読んでからだと、より理解が深まりますので、まだの方はぜひご覧ください。

犯人の都井睦夫が遺書で名指しにした中で実際の襲撃を受けたのは3名。
仮名で西川良子、寺井ゆり子、そして寺井倉一です。
この内、殺害されたのは西川良子のみです。彼女は襲撃順が2件目という事もあり一家の内4名が殺害されていますが、4件目の家にいた寺井ゆり子は集落内の異変を察知していたのか、本人は逃げる事に成功しています。
寺井倉一も同様で雨戸を閉めて侵入を防ぐことに成功しました。(※ただし、この家ではその作業中に妻が被弾、12時間後に逝去している)

小さな集落での事件なので、順番が後に回るほど状況が伝わって襲撃がしづらくなるのは当然ですし、それは犯人の都井睦夫にも分かっていた筈です。

…で、ここで一つ興味深い説を聞いたので紹介します。
といっても何かの証拠があるわけではなく、襲撃順の記事を読んだ人の感想くらいと思ってください。

寺井ゆり子の襲撃は前述の通り4番目(※都井家の祖母の件を除く)で、しかも彼女は生還しています。
これに関して寺井ゆり子は逃げ延びたのではなく、殺されなかったのではないかという意見を貰いました。遺書に「しかし寺井ゆり子は逃がした」(※ここは仮名に書き換えています)とありますが、これが逃げられたのではなく、故意に逃がしたという意味であれば、殺さなかったという可能性は考えられます。

これは突飛なようで、あながち嘘ではないのかな?と思う部分もありました。
生かした理由として、

・憎んでも殺しきれなかった
・死よりもつらい目に遭わせたかった
・本当に討ち漏らした

この三つの理由を挙げています。
1つずつ見ていきますが、まず最初の説は人間的なものです。
寺井ゆり子と都井睦夫は学校進学時から面識のある幼馴染です。睦夫の肺結核の罹患まで二人の関係は恋人かそれに近いものだったとみられています。少なくとも睦夫の側には恋心があったようです。
いざ決行となった際に、思い人を手にかけることが出来なかった可能性は十分に考えられます。

2つ目の説はヒトコワのような感じがしますが、本人を生かすことで家族や集落の人々が自分のせいで殺されたという重責を背負わせるというものです。
これは考えすぎかなと思う反面、本当に狙ってそのようにしているなら恐ろしい復讐だと思います。ただ、晩年に本人が受けたインタビューの内容によると、事件後に睦夫との関係を勘繰られた方が辛かったようです。
家族を殺害した犯人との関係ですから、気持ちはわかるような気がします。

3つ目は、そのままですね。
単に幸運にも逃げられたのか、もしくは複雑な感情から狙撃ミスになったのか。
事件時、家には6名がいました。襲撃の間に一人が逃げられたとしても違和感はありません。ちなみに先に挙げた晩年のインタビューでは自分を狙っての襲撃だと思っていた節があり、自分が逃げることで家族には害が及ばないと考えていたようです。
自分に何かしてくるのではないかという警戒心もあったようなので、襲撃時に速やかに反応(退避)できたのかもしれません。

…という事で、襲撃の順番から見えてきた説について紹介しました。
何かしらの証拠があるわけでははないので、一つの見方としての可能性の提案ですが、個人的には興味深い内容だと思いました。

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