【笠岡市】お清大明神と白馬と、その悲劇的な真実…!?

笠岡市のお清大名神にお参りしてきました。
ずいぶんと前に訪問したものの、写真を失くしてしまったので撮り直しの意味も含めての再訪です。

お清大明神は吉浜の地に土手道を整備する際に、人柱になった女性と白馬が祀られています。馬柱ですね。(違

このように岸壁をくりぬいて祠が作られています。


別の記事でも触れたのですが、笠岡市金浦~吉浜地区の辺りではこういう岩や法面をくりぬいて作られた祠をよく見かけます。

なので見落とさないように注意が必要です。
目印になるのはこちら。


お清大明神の隣に祀られている白馬の祠です。
この中には白馬が祀られています。これが目印になりますね。

ではお清大明神。


人柱になったお清さんを再現しているのか、和風美人なお地蔵さまが祀られています。
近隣住民の方で管理しているそうで、非常にきれいな状態が保たれています。供えられている花も造花ではなく、生花です。

土手道の恩恵を受ける人たちで守っているのでしょう。

ところでこのお清大明神について記してある資料に、笠岡市立図書館が出版した「よしはま物語」という郷土資料の本があります。
それによるとお清と白馬の伝承については途切れていたそうです。石仏は道に置かれてはいたものの、いわれが分からない。移転の話が出た時に、ようやくその謂れを調べようという動きが起こります。そこに地元の古老が人柱の話をして、それは大切に祀らねばなるまい…となったのだとか。

もう一つ個人的に引っかかった点として、同資料によるとお清さんは地元住民から手を挙げて人柱に立候補した…のではなく、水野の殿様(福山藩の藩主)が娘と馬を連れてきたとあります。もしかすると殿様の威光により、断れず生贄に差し出された…というのが、お清さんの真実なのかもしれません。




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