記憶と現実の狭間で|倉敷市児島・釈尊会「三軌堂」訪問記

2003年、日本中に衝撃を与えたニュースがありました。女優の若村麻由美さんと、釈尊会会長・小野兼弘氏の結婚。180kgの巨漢と人気女優のカップルは「美女と野獣」と称され、連日メディアを賑わせました。あれから20余年。岡山県出身の小野氏が心血を注いだ団体の「その後」を訪ねました。

釈尊会とは?

まず釈尊会について解説していきます。岡山県出身の小野兼弘さんが立ち上げた日蓮宗系の宗教団体です。
宗教法人としては特にカルト的な協議や修行を含むような事もなかったようです。

当時の公式サイトには、釈尊会が実践すべきこととして次のような事が記されていました。

釈尊はすべての生きるものに仏性を授けました。それは私たちの身体の細胞をはじめ、この世に存在する生きとし生けるものの個性のなかすべてに共通する仏の心があるということです。
私たちは釈尊のこの慈悲と法華経を受持できた喜びを感謝し、生きとし生けるものの心の中に仏の華を咲かせることを実践するのです。(釈尊会公式サイト※閉鎖済みより引用)

団体としては法華経を最上の教えとして広め、信者らは心を込めて南無妙法蓮華経を唱える事で感応道交(人と仏の心が通じ合う事)が叶うとしていました。小野兼弘さん自身は親族や飲食店などとの金銭トラブルが報じられるなどしていましたが、宗教団体としての釈尊会で大きなトラブルが報じられた様子はなく、団体としては真っ当なものだったようです。

しかし2007年に小野兼弘さんが急逝。
その後、妻の若村麻由美さんや他の信者らが新たな指導者として立つ事は無く、宗教団体は解散しました。…と、ネット上では見られます。

実は存続している釈尊会

釈尊会は実際のところは「事実上解散状態」であり、解散登記や登記簿の閉鎖は行われず、法人としては生きている状態にあるようです。
なので情報を自動収集しているようなお寺巡りのサイト、葬式のサイトなどでは普通に紹介されていたりします。
文化庁の令和5年版宗教年鑑にも小野兼弘さんが代表役員の名前で掲載されています。

これだけなら手続きをせずに放置されたのだろうと思うところですが、もう一つ挙げると倉敷市児島上の町の住所も生きています。
場所的に近い事もあるので、現地調査に行ってきました。


児島上の町を通る岡山県道21号から北側に登記の住所は存在します。
Googleマップでは表示されない細い道を通り抜けた先にあります。自動車は通り抜けられません。
近くに太い道があり、ナビはそこを案内しますが私有地を通らないといけないので案内に従ってはダメです。
わりと綺麗な状態の門があり、解放されています。ここを通り抜けると見覚えのある建物が見えてきます。


釈尊会が根本道場とした三軌堂です。
小野兼弘さんの逝去後に信者向けのお別れ会が開かれた会場でもあります。ちなみに奥様の若村麻由美さんはこの会を信者の物として参加しませんでした。釈尊会の今後は信者らに委ねるという意思表示だったのでしょう。

それから17年が経過していますが、雑草などは生えておらず、非常に綺麗な状態で維持されています。実質的な解散状態であろうと書きましたが、表現としてはもう少し緩い方が正しいのかもしれません。恐らく熱心な信者らが今も釈尊会の教えを信じ、道場を守っているのでしょう。


このような貼り紙がある事からも、きちんと管理されている事や、呼び掛ける必要があるくらいの人数の出入りがある事が分かります。

当時の公式サイトによる説明ではお堂の内部は「日蓮聖人が図顕された御曼陀羅をイメージされ、釈尊を中心とした諸仏・諸天・諸善神の仏神像が内殿に具現されております」とあり、恐らく華美な空間が広がっているのではないかと想像します。
…が、残念ながらお堂は開かれていません。窓も奥が見える物ではなく、お賽銭を入れる為と思われる郵便受けも中を覗く事が出来ない程度にしか開きません。


日蓮上人の像があります。
ニュースで見聞きしていた会長の姿や、トラブルになったと報じられる金額の大きさを考えると随分とこじんまりとしてお金がかかっているとは言い難い建物というのが素直な印象です。
逆に言えば成金趣味的ないやらしさが無く、宗教団体としては真っ当な活動をしていたのだろうとも感じました。

釈尊会と大尊会

小野兼弘さんが宗教家を志したのは、

池上本門寺で行われた「御会式」の後、本堂で熱心に祈祷する中で、日蓮聖人と感応道交するという希有な体験(公式サイト※閉鎖済みより引用)

他の宗教に漏れず、こういった奇跡的な体験に基づくものとして紹介されていました。
この出来事ももちろんきっかけとしてあるのでしょうが、実際には父親が大尊会という日蓮宗系の宗教団体を主宰していたので自然と跡継ぎとして宗教家としての道を歩んでいたようです。日蓮上人との感応道交の経験をする以前から、日蓮宗系の立正高校に進学しています。大学も同じく日蓮宗系の立正大学です。

しかし自身で釈尊会を立ち上げ、大尊会は妹が跡継ぎになりました。こうした経緯はニュースで報じられたような親族間でのトラブルがあったのか、それとも前述のような奇跡体験から父親とは異なる思想を広める事に目覚めたのか、詳細は分かりません。
大尊会の方は現在も運営が続いており、天応山 神顕寺・大尊会として岡山市南区にあります。

スキャンダラスな話題ばかりが先行しがちな小野兼弘さんですが、自ら立ち上げた釈尊会は最盛期で一万人の会員が集まるほどだったそうです。
その教えやカリスマ性が高かったのでしょう。となれば、その教えを元に再び釈尊会、三軌堂が広く普及活動を再開する日も来るのかもしれません。




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Okayamania

Okayamania

岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。
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