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岡山市北区「宿」バラック街の終焉と再生?落書きだらけの「防犯連絡所」跡に現れた住人の謎

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以前、岡山市北区宿という地区をブログで紹介したことがあります。
戦後に外国人らがバラックの建物を建てて住むようになったバラック街だったエリアです。
外国人コミュニティが形成されており、日本人が歓迎されないような地域柄があったともいわれ、未だに検索サジェストには「岡山市宿 ヤバい」などのキーワードが出てきます。

しかしそれも今は昔。
県道の拡張工事などで立ち退きが進められており、空き家が目立つようになりました。以前の方mんから数年が経ち、今はどのような感じかと立ち寄ってきました。
更に人は減り、空き家が増えて一つの歴史の終焉を感じさせる雰囲気…だと思ったのですが、一軒だけ例外がありました。


こちらの建物。
私のブログをよく読んでくださっている方なら覚えている人もいるかもしれません。
以前に宿を訪れた際に、「防犯連絡所」という札が付いた建物がだけが落書きの被害に遭っているという皮肉な様子を紹介したことがあります。

その時の様子がこちら。


…お分かりだろうか。
引き戸のガラスの左上が割れてビニールを充てられているのが一番の変化ですが、よく見てみると前回の訪問時は室内からツタ植物が伸びてきていたのが奇麗に整理されて戸の向こう側には荷物が置いてあるのが見えます。

…そう、この家。この状態で人が住むようになっているようなのです。
家の横のガラスからはうっすらと照明がついているのも確認できるので、この瞬間もこの建物の中に人がいるようでした。

この家は建物の中で植物が繁茂している事、グラフィティの被害に遭っている事を覗けば、建物自体も周辺では随分としっかりしていました。中の草を片付けてしまえば人が住むのに問題はなかったのでしょう。それにしても立ち退きが進んでいる場所に新たな住民とは驚きました。




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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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