少し前の記事で廃止になった玉野市民病院の建物を紹介しました。
廃止になったのは建物だけで、病院自体は玉野三井病院と統合して「たまの病院」という新たな病院に変わっています。

この病院の建物が出来る前はここが玉野市役所でした。
1972年に廃線になった玉野市電の駅跡がこの近くにあり、その名前が玉野市役所前駅でした。
という事で、この病院の周りは商店跡と思われるような建物が多くみられます。
どちらかというと新病院のある辺りの近辺になります。
病院に行く時は体調面の不安がある時なのでついでに見て回るというのは難しいかもしれませんが、お好きな人は散策してみてはどうでしょう。
では今回はいくつかの建物を紹介します。
まずはこちら。
うどん屋さんです。レトロな看板が特徴的です。

ここに関してはまだ営業しているのかどうかもよく分かりません。
人は住んでいるようですが、お店としての情報は地図上では見つけられませんでした。店舗跡でしょうか。看板からして美味しそうなので、もし営業しているようなら食べに行ってみたいですね。

こちらもお店の跡ですね。
1986年(昭和61年)の地図で確認したところ、田中洋菓子店というお菓子のお店だったようです。
言われてみると、わずかに残った店舗テントがオシャレな感じですね。
ちなみにその左手に見えるコーポは美容室の建物がありました。

こちらは精肉店跡。藤本精肉店というお店がありました。和風建築を洋風の衝立で囲む看板建築が素敵です。
ちなみに向かって左側の空き地の部分に昔は清原食料品店があり、写真に写っていませんが右側の道を挟んだ向かいが津国魚屋で、この一角だけで食料品、肉、魚が揃ったわけです。車社会になり、駐車場などの問題から廃れていった商店街ですが、こうして当時を振り返ってみるとなかなか便利なものだったのだろうなと思います。

この通りは先ほどのうどん屋からまっすぐ道です。昭和の街並みが今もよく残されています。
ここもお店のように見える│あ物がいくつかあったのですが、先に紹介した地図では個人名ばかりでした。
唯一、左手側の赤い郵便受けのある家の手前が坂本洋服店となっていますが、現在はマンションの一部と駐車場になっています。

最後にこちら。
ここだけは店内の様子ですが、自転車道沿いにある建物です。
恐らく10年近く前まで営業をしていたはずで、しのはら商店という駄菓子屋です。お店のテントには「お菓子のお店」としか書いていなかったので、入ったことがある人でも正式名称は知らなかったかも?
今は建物が売りに出されています。ちなみにこの建物の隣に駐車場がありますが、昔は松尾外科病院がありました。
ダテ薬局の国道を挟んだ正面にかわいらしいデザインの建物の病院がありましたが、恐らくその旧建物があったのだと思います。ちなみにその新病院も2020までに生産されており、現在は発達支援の「ニコたま」が入居して建物を利用しています。
松尾外科の新病院の建物が再利用された一方、今回紹介した写真の建物のように新たなお店が入らないままだった建物がある事情として、昔の商店は店舗と自宅を兼ねていたことが挙げられます。お店を廃業しても生活の場として空き家にはならず、生活スペースと一体化した場所に新たなテナントを招き入れることも余りされないので、賑わいだけが失われて徐々に廃れていってしまうのですね。
これらの建物はご覧の通り、かなり年季が入っています。それに新病院が近くにできたことから、新たな出店など再開発の機運も高まる可能性があります。そうなれば景色が早々に一変してしまう事もあるでしょう。
見に行ってみたいなと思う人は、ぜひお早めに。中には人が今も住んで建物もあるので、迷惑だけはかけないように気を付けてください。
