先日、廃墟ばかりになった玉野市の飲み屋街に持ち主を探す立て看板が建てられていたのを紹介しました。
私のブログ、SNSで幾度も「廃スナック街」と呼んで紹介してきた場所です。
もしかして何か動きがあるのではないかと思い、訪れてみると建物が一棟取り壊されていました。
余り綺麗に取り壊されていないですが、自然に倒壊したにしては瓦礫類が整えられています。
どういう状況でしょう。倒壊した物を誰かが片付けたのか、建物がかなり傾いていたので最低限の労力で解体したのか…?
以前は上の写真のような建物がありました。
この時点でかなりの角度です。台風などの悪天候のたびに少しずつ崩れて行っていました。
しかし廃スナック街の変化はこれだけではありません。
…綺麗になってる!
いや、全然きれいじゃないんですけど(笑)、以前は倒壊した建物が道を塞いでいたりしていたのが少し整えられています。
やはり人の手が入ったのは間違いありません。
そう思いつつ歩いていると、残されている建物にこのような張り紙がしてありました。
これらの建物は前述の通り所有者主不明です。
倒壊などの危険もあるので、弁護士を管理人に選任して所有者不明のまま取り壊せるように手続きを進めているようです。
この貼り紙は最後通牒です。
貼り紙されたのは令和7年1月30日です。
所有者をご存じの方がこのブログを読んでいたら、このような張り紙がされていると伝えてあげて下さい。
…と言っても、この土地・建物の責任を押し付けられる形になるので、もし知っていたとしても名乗り出てこないような気がします。
実は一番奥の建物にはずっと人が住んでいましたが、それも退去されたようです。
たまたま今回の処分の件と時期が重なったのか、それとも住民が所有者不明のまま住み続けていて、今回の手続きに伴って転居しないといけなくなったのか。
余談ですが上の写真にある半開きの引き戸は、ずっと以前からこのままでした。引き戸が開いたまま住み続けていたのですね。
そしてこの瓦礫の山で見つけました。
引き戸の周りについていた飾りの一部です。
途中で右側にあった建物の倒壊に巻き込まれて剥がれ落ちてしまいましたが、元々は神社のような表周りになっていました。
その建物の瓦礫も少し片づけられており、その時に埋もれていたこれが出てきたようです。
やっぱり神社だったように見えます。住んでいる方の趣味でそういう建築にしたのか、それとも別の意味があって取り付けたのか。
今となっては不明です。もしかすると、すぐ近くにある喫茶店の奥様なら分かるかも?と言う事で、食事に行く機会で確認してみようと思います。
建物が処分された後の開発も気になるところです。場所が三菱重工の造船所の近くなので、わりと飲食店が長く続いたりもします。
出来ればお店が出来て欲しいなと期待します。