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【倉敷】「水島百棟」の残像と開放感|巨大社宅群の解体跡地を歩く(ストリートビュー編)

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巨大建築の終焉と、街の呼吸|倉敷市広江・水島百棟跡地の今

かつて岡山県倉敷市に「水島百棟」、「百棟マンション」などと呼ばれた有名な心霊スポットがありました。
これは三菱化学の社宅郡の一つを指し、取り壊しの為に無人になった社宅の一つが№100だった事が由来だったのではないかという事を、以前に別の記事で触れました。

【伝説の№100】在りし日の水島百棟マンションを地図で確認したよ!

取り壊しの為の無人状態だったので、噂の過熱とは無関係に建物は失われ、噂も収束していきました。
そんな水島百棟ですが、由来と思われる建物の位置が分かったので現在の様子を確認してみようと思います。

尚、現地は私有地になるのでGoogleマップのストリートビュー機能を使います。
広江のサッカー場のすぐ南側だったので、場所はこちらです。

はい、空き地でした。
以前の記事でも触れたのですが、社宅利用者が減少しているのか取り壊された後で建て直されていない場所が多いのです。
噂になった場所ではありませんが、地図上で他に閉鎖が確認できる建物の場所を見てみましょう。

ここが百棟が話題になっていた同時期に閉鎖になっていた独身寮の場所です。ここは取り壊された後は住宅ではなく「広江クラブ」という集会所のような建物が建てられています。
団地の入り口に位置するので、無人になった独身寮跡を見ながら、「ここかな?」「いや、もっと奥らしい」とか話した人も多かったことでしょう。

最後にこちらはスターハウスが集中していたエリアです。
この辺りも建物は作られず、小高い丘のようになっています。

こうして取り壊された跡が隙間になっていって、表現だけで見ると寂しい感じになるかもしれませんが、ストリートビューで見ていると程よい感覚が出来たというか、昔ながらの団地にありがちな閉塞感のような感じが無く、程よい緑地が出来て住みやすそうになったと感じました。
百棟跡が心霊スポットとして語り継がれなかったのは、そもそも私有地であるという事もあると思いますが、こういう風に雰囲気が良くなった為に噂が根付かなかったという事ではないかと思いました。




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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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