笠岡市民病院のあたりから金浦を目指して進んでいると、立派な橋が見えてきました。
笠岡湾干拓地に架かる橋です。

橋としても大きいですが、それ以上に目立つのが橋の両側を通る導水管があることです。
干拓地といえば各地で水の問題を聞きますが、笠岡の干拓地では導水管によって解決していたのでしょうか。

橋の上はこのような感じです。
歩道も広く取られていて、橋のデザイン的に新しい感じを受けました。
しかし、実際には昭和53年の建造でそこそこ古いものでした。新しく見えたのは改修の影響でしょうか。
余談ですがこの橋を渡った先に桜並木が整備されていますが、現地の案内板によると「燃えろ岡山県民運動」の一環として整備されたものなのだそうです。
あの懐かしいロゴこそなかったものの、今も燃えろ岡山に触れている数少ない遺構だと思います。
ちなみに笠岡市が運動の際に制定したキャッチコピーは「燃えろ岡山 拓こう笠岡」でした。
