高梁市有漢町を散策した際に、Googleマップ上で目的地の近くに小学校跡がある事が記されていました。
最近のGoogleマップは細かすぎるほど詳細な情報が掲載されており、小学校跡を訪れても小さな記念碑がポツンとあるだけという事も少なくありません。
なので積極的には訪れてはいないのですが、ちょうどルートの途中で行けそうだったので今回は訪問してみました。
こちら、有漢西小学校跡です。
いつもブログを読んでくださっている方なら、先日のプール跡の話題の際に出た小学校です。(関連リンク:子供の声が消えた川に架かる名もなき橋)

どーん。
立派な石柱があります。かなりの歴史を持つ学校だった様子が伺えます。
高梁市に学校が現役だった当時の沿革が残されていました。
1872年にすぐ東側にある法妙寺の境内の一部を借りて学校を設立とあります。
それから31年後に現在地に校舎を建てたとあるので、この石柱はもしかすると1903年の落成の際に設置されたものかもしれませんね。
ところでこの石柱と草の茂った石段だけを見て、私はてっきり相当レトロな校舎があった古い学校跡なのだろうと思い込んでいました。しかし実際は2022年3月末で周辺の学校と統合されることで廃校になったまだ最近まで使用されていた学校跡でした。

周辺はこれといった商店もなく、民家も少なくストリートビューの記録は最近の物しかありませんでした。
しかしギリギリで学校の建物が確認できました。
角度によっては工事車両が入った状態の画像だったりするので、本当にギリギリ学校が記録されています。
予想外に?近代的でおしゃれな建物だったことが分かります。石柱の風景からでは想像できませんね。

こちらが現在の様子です。
既に学校の建物は全て取り壊されてしまっています。逆に石柱がどうして残されているのか不思議に感じるくらいです。
ネット上で見た限りでは、取り壊した後の再利用計画は特に出ていないようです。
各地で統廃合などで廃校になった校舎を見てみると、体育館は地区の体育館としてそのまま継続利用されているケースも多いようですが、それさえも残されていません。
高梁市が介護保険について出している資料の中に令和五年度末時点での高齢化率についての資料がありました。有漢の人口は高梁市の旧市町から構成される各地域の中で旧備中町に次いで少ない1,920人です。高齢化率は46.25%と高い数字で、65歳未満の年代の人口は千人ちょっとくらいしかいません。
体育館の需要というのも余りなかったのかもしれませんね。

この地に人を集められるような施設をというのは、散策してきた感想として難しいかなと思います。
市街地からも離れているので住宅地も難しいでしょうし、道が細いので企業誘致も難しそうです。地域局も高梁市への編入後に建てられた新しい建物があります。
いつかは再利用されていくのでしょうが、地域で愛され続けてきた学校の跡地ですし、行政主導で決めるのではなく、市と住民でしっかり話し合いながら決めていくような形になれば理想的だと思います。
