【笠岡市】吉浜の石碑から興業校の歴史を辿ってみる

笠岡市吉浜を散策していると、様々なレトロな建造物が見られます。
古い建物が残されているというよりは、開発に取り残されている…、そんな感じも見受けられます。

少し寂れた町並みに、故郷の玉野市玉が重なって感じれます。
そんな行程の中で、こんな石碑を見かけました。


興業校跡とあります。
奥に古い建物が立ち並ぶので、もしかして学校跡か!?と思いましたが、学校跡地に立てられた趣のある建物というだけで学校のものではないようです。

ちなみに私有地で、山陽真珠工業の社長宅とかではないかと思います。
この会社でなにか興業校について触れている可能性を考えて検索してみたのですが最新の情報が見当たりません。もしかすると会社をたたまれていたり、社名を変更したりしているのかもしれません。

なので自分で色々と検索してみました。
そこでいきついたのが笠岡市立金浦小学校のサイトでした。
学校の沿革に学校の期限として興業小学という学校が明治6年に設立されたことが記されています。


石碑と少し呼称が違いますが、恐らくこれで間違いないでしょう。
その後の歴史についてたどってみると、明治11年に他の2校と合併して吉浜小学校を発足させます。
なので興業校の歴史はわずか5年間しかなかったことになります。明治23年には学校名を「尋常金浦小学校」に改変し、ここから呼称の違いはあれど現在に至るまで学校名は金浦を名乗ったままです。

わずか5年の歴史を石碑にする心意気も素敵ですし、それを会社の敷地に設置する山陽真珠工業も立派です。
歴史は短くとも、地元の人に愛された学校だったのでしょう。




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