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【玉島】源平の兵を潤した伝説の泉|乙島「泉谷の大井戸」が繋ぐ800年の記憶

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住宅地に息づく、源平の記憶|玉島乙島・泉谷の大井戸

倉敷市玉島乙島の閑静な住宅地を歩いていると、道路と宅地の境界という、少し不思議な場所に石碑と井戸が現れます。
今回は地元住民しか知らないような、この井戸について紹介していきます。

島を支えた「不滅の泉」

ここは「泉谷の大井戸」。乙島がまだ周囲を海に囲まれた「島」だった頃、住民たちが命を繋いだ共同井戸の一つです。

周辺の地名「泉谷」の由来は、四季を問わず豊かな水を湛える泉があったことです。
この大井戸も同じ水源を持ち、驚くべきことに現在も枯れることなく水を湛え続けています。

800年の時を超える名井戸

 

井戸のそばにある石碑

 

石碑によると、源平水島合戦の際には、数千人もの兵士に水を供給したという伝説が残っています。これほどの名井戸だからこそ、道路整備が進む現代においても、撤去や移動を免れ、この場所で守られ続けているのでしょう。

この石碑は、合戦から800年を記念して1983年に建立されたものです。
現在は飲用ではありませんが、中では金魚が悠々と泳いでおり、歴史が現代の日常に優しく溶け込んでいる姿に心が温まります。

結びに代えて

かつての島民や武士たちの喉を潤した水が、今も金魚の住処として湧き続けている。
玉島乙島の「泉谷の大井戸」は、形を変えながらも、この街の生命の源であり続けています。




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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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