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【倉敷市】宮内庁管理の頼仁親王墓へ行ってきたよ!

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倉敷市木見の辺りを散策していると、頼仁親王墓がありました。

頼仁親王は後鳥羽天皇の皇子です。
承久の乱の際に後鳥羽上皇に連座して備前児島(※現・児島半島)に流され、当地で生涯を終えました。
児島では兄の覚仁親王と合流し、父・後鳥羽上皇の供養塔(後鳥羽上皇御影塔)を建立しています。

更に当時衰退していた五流の寺院と十二社権現宮の再興をしており、現存する五流の寺院の「五流尊瀧院」の大僧正は頼仁親王の子孫と考えられています。

頼仁親王は前述の通り後鳥羽天皇の皇子なので、この墓地は宮内庁によって管理されています。
熊野神社のそばには覚仁親王の墓と考えられる遺跡もありますが、こちらは確認された物ではないようで宮内庁の管理下にはありません。

宮内庁管理と言えば聞こえはいいのですが、一般人が立ち入る事は出来ません。
宮内庁のガードは固いのです。

なので柵ごしに覗くだけです。
見易い場所まで行けるようになっているのは、宮内庁のせめてもの優しさでしょうか。

しかし猫までは統制できなかったようです。
羨ましい…。

ところでこの墓の手前にはこんなものがありました。

頼仁親王御陵前バス停。
どうやら今はこの路線は運行されていないようですが、標識版だけは今も残されています。

熊野神社、五流尊瀧院周辺からだと少し距離はありますが、散策してみてはいかがでしょう。




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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。

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