土の中から現れた炎の記憶|千日前で見つかった「大村火事」の残骸
山陽新聞の記事を読んで、思わず身を乗り出してしまいました。
岡山市北区表町、かつての千日前周辺で行われていた再開発に伴う発掘調査で、岡山城下最大の火災とされる「大村火事(1708年)」の痕跡が初めて確認されたというのです。
岡山城下を壊滅させた「大村火事」とは
「岡山五大火事」の筆頭に挙げられる大村火事は、宝永5年(1708年)、岡山藩士・大村定平の自宅から出火しました。
折からの強風に煽られた火の手は市街地を次々と呑み込み、最終的には45ヘクタール(岡山城下の大半)を焼き尽くすという、当時の地方都市としては類を見ないほどの大惨事となりました。
廃棄穴に封じ込められた「あの日」の瓦礫
今回、千日前地区の地下から発見されたのは、火災で出た瓦礫を処分するための「廃棄穴群」です。
- 熱で変色した瓦:炎の凄まじい温度を物語る変質。
- 焼けた土壁や煤のついた日用品:人々の生活が一瞬にして奪われた生々しい証拠。
これらの出土品は、300年もの間、表町の繁華街の真下で静かに眠り続けてきました。私たちが普段歩いているアスファルトのすぐ下には、かつての岡山を焼き尽くした炎の記憶が、今も地層として刻まれているのです。
唄に込められた鎮魂の祈り「こちゃえ」
岡山の火事といえば、秋祭りで歌われる「こちゃえ」を思い出す方も多いでしょう。
実は五大火事の一つ「今屋火事」で亡くなった人々を供養するために歌われるようになったのが、この「こちゃえ」だと言われています。
リンク:こちゃえの火事は実際の出来事だった(岡山の街角から)
華やかな祭りのメロディの裏側には、度重なる大火を乗り越え、亡くなった人々を弔いながら復興を遂げてきた岡山市民の強さと祈りが込められています。
もしかすると商店街の地下のどこかには、今屋火事の痕跡も眠っているのかもしれません。

