2018年7月の大雨の被害が起こった以降のお話しです。
総社と真備
豪雨で大きな被害の出ている倉敷市の真備にお住まいの方から「総社と合併すればよかったんだ」というお話しを聞きました。
歴史を振り返れば平成の大合併の際に、当時の真備町は最初は総社市や周辺の自治体との合併を検討していました。
真備町は警察、消防、ゴミの収集が総社市の管轄になっていました。(※ゴミは現在も)
古くから交流が盛んだったので合併の相手として選ばれるのも当然の流れですが、これが後に倉敷市との合併に変化していきます。
住民投票や町長選なども行われているので、色々な意見を戦わせた上での結論なのでしょう。
水島を抱えて財政的にも有利で、なおかつ全国的な知名度の高い倉敷市です。
自治体としての将来を考えれば、倉敷市の方がいいと考えるのもまた当然の流れだと思います。
大雨の被害の際は、総社市…特に総社市長はSNSを中心にめざましい活動を展開しました。
市長自身がSNS上で直接に市民の質問に答え、時には即座に対応したり、支援物資を検討している方に対しては必要な物資を積極的に発信していきました。
市域を超えて、隣接する真備町の応援にも尽力しています。
元々、総社と倉敷どちらとの合併がいいのかは悩ましい問題だったのでしょうから、災害時のこうした対応の良さから前述のような言葉が出てきたのかもしれませんね。
もちろんSNSの使い方のうまさでは総社市が勝るとしても、倉敷市も倉敷市長も懸命に対応している事に違いはありません。
その事に関して何か比較や議論をするつもりはありませんので、ご了承ください。
余談・玉野と灘崎
余談ですが合併前の総社市と真備町の関係は玉野市と灘崎町(現・岡山市南区)との関係にも似ています。
灘崎町も玉野市に消防や火葬などを委託していました。
そして将来的には玉野と灘崎が合併するのはほぼ規定路線で、たとえば玉野市が展開しているマリンカードに岩谷青果のような旧灘崎町の企業が参加できたのも「将来的には一緒になるのだから」という考えに基づいていたそうです。
(※このお話はマリンカード事務局の方から実際に聞いたお話です)
なので平成の大合併の際に玉野市と共に岡山市との合併の検討に入ります。
…が、この場合は玉野市だけが合併から抜けてしまったんですね。
当時の灘崎町が岡山市との合併を離れて玉野市とだけ合併を模索したのかどうかは判りませんが、灘崎町はそのまま岡山市との合併の協議を進めて、現在のように岡山市南区になりました。