寸胴鍋に消えた証拠|岡山・手首ラーメン事件と消えない風評

寸胴鍋の闇、昭和を揺るがす|1978年・手首ラーメン事件の衝撃
1978年。岡山県と兵庫県で相次いで発見された、切断された男性の遺体。戦後犯罪史に刻まれるこの猟奇事件は、単なる殺人事件の枠を超え、日本の食卓……特に「屋台ラーメン」という文化そのものを恐怖に陥れる事態へと発展しました。
バラバラ殺人の怪
1978年、岡山県でバラバラに切断された男性の遺体が発見されました。
同じく兵庫県でも同じ男性の遺体が発見されています。
しかしこの二箇所で見つかった遺体を合わせても、欠けている部分がありました。
それが手首です。
これは犯人が意図的に行った行動でした。
指紋から身元が判明する事を恐れて、手首は別の方法で処理したのです。
しかし殺害された男性は暴力団関係者で、その身元は背中の刺青から判明しました。
手首はどこへ?
失われた手首の行方について、逮捕された犯人から衝撃的な事実が発覚します。
前述のとおり手首は持ち帰ったものの、その処理方法に困った末に、なんと経営していた屋台のラーメン屋でダシを取っている鍋に一緒に入れてしまったのです。
そして残った骨は砕いて判らないようにして破棄したのです。
尚、犯人も暴力団の関係者で、屋台はその子分が営業していました。
ラーメンパニック
ここまでが事件のあらましですが、この事件はラーメン業界に思わぬ影響を及ぼします。
犯人の供述では東京で営業していた屋台の鍋で手首を煮て、そのまま屋台を営業させています。
さすがにそのラーメンを販売する事は躊躇われたのか、そのままラーメンを一食も提供する事無く営業を終えたという旨の供述が行われています。
しかし警視庁の捜査四課は屋台が9時間も営業していた事を指摘し、販売していなかったという供述の信憑性を疑うようなコメントを出したのです。(※後述の影響を受け、後に撤回)
この発言がラーメン業界に大きなダメージを与え、実際に屋台が営業していた東京を中心にラーメンの売上げが激減します。
当日に屋台のラーメンを食べた人は気が気ではなかったのではないでしょうか。
なんとラーメン業界全体で3割ほど売上げが落ちる事態になったそうです。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。
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