【灘崎】片岡歩道橋下の「忠魂碑」が語る歴史|日露戦争の記憶と灘崎村誕生の瞬間

岡山市南区灘崎町、片岡歩道橋の辺りを通りかかるたび、視界に入る立派な石碑がずっと気になっていました。 先日、灘崎支所に車を停め、改めてその正体を確かめるべく足を運んでみました。

そこに刻まれていたのは、威厳ある「忠魂碑」の文字でした。

明治39年、激動の時代に建てられた碑

碑の建立は明治39年(1906年)。 前年の明治38年には日露戦争が終結しており、この石碑は激戦を戦い抜き、祖国の礎となった地元の戦没者の方々を祀るために建てられたものと考えられます。

設置場所である片岡地区は、古くから旧灘崎町の中心部として栄えた場所。百年の時を経た今も、欠け一つないほど管理が行き届いている様子からは、地域の人々がこの場所を大切に守り続けてきた敬意が伝わってきます。

「灘崎村」誕生の年という符合

調べていくうちに、もう一つの興味深い事実に突き当たりました。 明治39年という年は、灘村と彦崎村が合併し、「灘崎村」が発足した年でもあるのです。

一過性の記念碑ではなく、新しい村としての第一歩を踏み出すタイミングで、地域の結束と平和への祈りを込めて建立された――。この忠魂碑は、灘崎という街が産声を上げた瞬間の「証人」でもあるのかもしれません。

歴史の結び目としての片岡歩道橋

普段は何気なく通り過ぎてしまう歩道橋のすぐそば。そこには、教科書だけでは語り尽くせない地域の歴史が静かに息づいていました。

旧灘崎町の中心で、今も静かに街を見守り続ける忠魂碑。支所を訪れた際や散策のついでに、ふと足を止めて、この地を創り上げてきた先人たちの足跡に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。




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