日航123便墜落事故から40年余|岡山ゆかりの犠牲者が遺した「帰郷」への思い

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日航123便墜落事故|岡山県にゆかりのある犠牲者は何人?
日航123便墜落事故は、日本航空史上最も悲しい事故の一つとして、多くの人々の記憶に残っています。当時、現場の捜索を指揮した警察本部長・河村一男氏の著書を読む中で、「岡山県の被害者はどれくらいだったのだろうか?」という疑問が浮かび、調べてみました。
当時の東京新聞朝刊に掲載された乗客名簿を基に検証したところ、岡山県にゆかりのある犠牲者は2名確認できました。
岡山県に縁のある2名の犠牲者
- 岡山県加茂町(現・津山市)出身の20歳男子大学生
- 事故当時、住所は岡山県で、名簿からも岡山県民として確認できる唯一の方です。
- 夏にアメリカへ短期留学しており、その帰路で事故に遭われました。
- 岡山市出身の23歳女子大学生
- 事故当時の住所は東京でしたが、岡山市出身でした。
- 事故機には岡山への帰省のために搭乗されていたことが分かっています。
- 筆者がSNSでフォローしている方がこの方と同級生だったそうで、事故の日に追悼の投稿をされていたことから、この方の存在を知りました。
日航123便の悲劇を風化させないために
名簿に記載された名前の数だけ、そこには断ち切られた人生があり、待っていた家族がいます。
事故から長い年月が経ち、インターネット上では時にセンセーショナルな陰謀論や都市伝説として語られることもあります。しかし、私たちが最初に向き合うべきは、そうした好奇心ではなく、犠牲となった一人ひとりの歩みへの敬意と、二度とこのような悲劇を繰り返さないという誓いではないでしょうか。
名簿の行間に隠れた、語り尽くせぬ無念と愛情。それらを静かに受け継いでいくことこそ、今を生きる私たちにできる、ささやかな、けれど大切な供養なのだと信じています。
(乗客名簿)
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。
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