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L特急やくも殺人事件 舞台探訪
トラベルミステリーの大家、西村京太郎さん。
その作品の多くは鉄道を舞台に用いており、岡山も複数の作品に登場します。
今回はその中から、短編集に収録の「L特急やくも殺人事件」を紹介します。
尚、記事中でトリックなどの核心部には触れませんが、舞台を紹介する上で作中で死亡する人物名など多少のネタバレを含むのでご了承ください。
親子旅行
警視庁を辞めた父親が久し振りの旅行を計画し、娘のやよいも同行することにします。
歴史好きな父親の行き先は「吉備路」。

岡山市~総社市にかけての古墳や遺跡などが集中するエリアの通称です。
主には総社市の備中国分寺周辺が観光スポットとして知られています。
やよいは歴史への興味は余り無いようで、初日は別行動をします。
行き先は「倉敷の町」。倉敷美観地区を散策しています。

江戸時代~大正時代にかけての昔ながらの街並みが残されているエリアです。
立ち並ぶ古民家にはお土産屋の他に、おしゃれなセレクトショップなど多彩なお店が揃うので、ショッピング目的でも楽しめます。
新幹線で岡山駅に向かい、そこからそれぞれに移動。そして次の目的地である新見市へ向かうやくも11号で合流するという計画になっていました。
やよい:新倉敷駅から倉敷駅へ
倉敷美観地区へ向かう娘の動きは、普通に考えると少し奇妙な動きです。
ここで少し考察してみましょう。
まず新幹線で新倉敷駅に下車します。尚、父親は岡山駅で下車します。
そして駅前でタクシーに乗って倉敷駅前に向かいます。
新倉敷駅から倉敷駅前は自動車で移動すると道路の混雑状況にもよりますが概ね20~30分の距離です。
そのまま駅から出ずに山陽本線で倉敷駅に向かえば約10分です。
費用も大きく異なります。
タクシーの予約や料金計算のサービスを提供するJapanTaxiで費用を計算すると新倉敷駅から倉敷駅前までの費用は約4,330円。山陽本線なら200円で済みます。(※金額は2022年3月時点のもの)
もしくは在来線の多い岡山駅まで父親と同行して、そこから別れて倉敷駅へ向かっても330円です。親子旅行である事を考えれば、こちらの方が自然な気がします。
ただし今回の旅行ではやくものグリーン車を使うなど、予算面に余裕のある贅沢旅行というコンセプトだった可能性もあるので、あくまでも参考まで。
やよい:倉敷散策
倉敷駅前に到着した娘は元町通りを進みます。
元町通りは倉敷中央通りの古い呼称です。
この作品が発表されたのは1988年ですが、当時は元町通りの呼び方だったのでしょう。
通りを左折すると「倉敷川の川岸に出た」とあります。
恐らく美観地区入口の交差点から入っていったのでしょう。
ここから川沿いに散策して大原美術館へ向かいます。…といっても、美観地区入口の交差点から川が見えると美術館は目と鼻の先です。

どうやら今回のメインの目的地だったようで、本館だけで2時間も過ごしています。
もしかすると作品中に挙げられている芸術作品が見られるかも…?
美術鑑賞後は細い路地を散策しています。

倉敷美観地区はメインの通りから奥に入ると、人通りの少ない路地裏があります。
深谷忠記の「倉敷・博多殺人ライン 舞台探訪」でも登場人物が路地裏に回避するシーンがありますが、観光客にとっては一時的に喧騒から逃れるのに丁度いいのかもしれません。

これがエル・グレコです。
元々は美術館を作った大原家に関連する事務所だった建物で、ツタに覆われた外観でもよく知られています。
ところでエル・グレコは大原美術館の隣りにあるので、娘は美術館から出て散策した後で再び美術館方向に戻って入店したことになります。
ここでコーヒーを飲み、倉敷駅からやくもに乗車します。
購入したお土産はい草人形です。
やよい:伯備線・新見駅
伯備線に乗って米子まで向かいます。
その途中は車窓の風景を楽しんでいますが、具体的に触れられたのは新見駅のみです。

感想は「大きな駅だが、それでも、山間部の駅である。」でした。
…どういう意味でしょう。(関連リンク:新見駅)
やよい:高梁市
やくもで合流できず、宿泊先にも姿を見せなかった父親を探していると、高梁で死亡事故があった事を知ります。
死亡した男性の条件が父親に近かった為にやくも2号で高梁駅へ向かいます。
今は新しい駅ビルに変わっていますが、事件当時はレトロ感のある駅舎でした。
「男はつらいよ」シリーズでは寅さんの義弟・博の実家への最寄り駅として登場しています。
白壁、瓦葺きの屋根という描写通りです。
事故に遭った男性は救急車で市内のT病院に運ばれました。
病院は「駅前から、高梁川にかかる橋をわたり、五、六分走る」場所にありますが、橋を渡った先にそれらしい病院はありません。

渡ったのは駅から真っ直ぐ進んだ先にある高梁大橋だと思われますが、1988年当時はこの辺りに3階建ての総合病院があったのでしょうか。
場所にこだわらないのであれば高梁中央病院がモデルである可能性が高そうですが、こちらについては当時の地図が無いと調べられそうにありません。
事故現場は備中高梁駅と木野山駅の間です。
付近では山の上にある備中松山城が見えます。

城が見えやすいのは木野山よりも高梁市街地辺りの方でしょうか。
市街地にはビュースポットとして、上の写真のように遠く城の姿が確認できる場所もあります。(関連リンク:市街地の備中松山城ビュースポット)
ちなみに城を見た感想は「もちろん、戦後、復元されたものだろう」との感想を抱いていますが、これは不正解です。
備中松山城は江戸時代までに建てられた12の現存天守1つで、その中では唯一の山城です。
十津川・亀井:岡山市内
十津川警部と亀井刑事は羽田発15:55発 全日空655便で17:15に岡山に到着します。
到着したのは開業したばかりの現在の岡山空港です。1988年3月に岡南から移転、事件が起きたのが4月なので、真新しい状態の空港だった筈です。
岡山空港からはタクシーで岡山県警まで向かいます。

(写真提供:岡山県)
1988年当時のバスの時刻表が無いので詳細はお伝えできませんが、岡山空港は公共交通機関のアクセスが余りよくありません。
バスは便数が少なく、鉄道に至っては約10km離れた金川駅か野々口駅が最寄り駅という有様です。
到着時間が17:15と遅かったので、バスを待つより早めに県警へ向かうことを優先したのではないでしょう。
向かった場所は岡山県警とだけ表記されているので、県警本部の事でしょう。
事件当時は県庁と同じ建物中に有りました。(※現在は県庁南側に独立した庁舎を建てて移転)

(写真提供:岡山県)
そして岡山市内のホテルに宿泊します。
十津川警部は被害者が歴史好きで、吉備路観光をしていた事から「吉備国の神話」という本を読んで温羅伝説などを予習して過ごしています。
本のタイトルでamazonを検索しましたが、ヒットせず。恐らく実在の本ではないのでしょう
十津川・亀井・やよい:吉備路(岡山市)
2日目は十津川達はやよいと合流し、被害者の足跡を辿り吉備路を散策します。
岡山駅を9:16発の電車で吉備津駅へ向かいます。
駅のそばにある石鳥居はこちら。
吉備路自転車道という吉備路エリア内に整備された自転車道が有り、レンタサイクルも揃っています。
一行も自転車を借りて移動しています。
ついドラマの設定でやや老けた年代の十津川を想像してしまいますが、作中での設定は40~42歳。颯爽と吉備路を駆け抜けたのでしょうか。

吉備津神社や霊山である吉備の中山を見ています。
山の名前が鯉山と呼ばれる由来なども解説されているのが、さすが細かく取材する西村京太郎さんらしいなと思いました。
(関連リンク:吉備の中山について)
吉備津神社の件で1つ分からなかったのが神社の前に喫茶店と茶店が3軒あるという表記です。
2つは分かります。
1つはお食事処 桃太郎。もう一つは隣のほりけや。(※この記事を書いている時点では営業しないようです)
もう1店舗が分かりません。
当時はあったのでしょうか。古い地図を入手できたら確認してみます。
被害者はここで甘酒を飲んでいた事が判明していますが、甘酒はどちらの店でも提供されているので店の特定には至りませんでした。
神社の後で訪問したのは造山古墳。

(写真提供:岡山県)
全国第4位の規模を誇る古墳です。他の上位3つが宮内庁管理なので、一般人も立ち入れる古墳としては最大です。
十津川・亀井・やよい:吉備路(総社)
一行は更に自転車で総社市内まで進みます。
まず到着したのは吉備路風土記の丘です。風土記の丘は前述の備中国分寺周辺を指し、県立の自然公園として整備されている一帯です。
センテンスの分類上で先に紹介しましたが、造山古墳も風土記の丘に含まれます。
五重塔を見学後、吉備路郷土館を訪れています。

吉備路郷土館は2010年3月までで閉鎖しました。
建物の所有者である岡山県から、総社市へ無償譲渡されて総社吉備路文化館として新たにスタートを切っています。
一通り観光捜査を終えた一行は被害者がやくもに乗車する筈だった総社駅へ向かいます。

駅前の喫茶店に聞き込みをして、画僧・雪舟ゆかりの寺である宝福寺へ向かいます。

山門の前に自転車を停めたので、恐らくこの辺りでしょう。
この寺は画僧・雪舟が修行をしていた寺院です。有名な涙のネズミのエピソードの舞台になっているのはここです。

雪舟の碑はこちらでしょうか。
前述のエピソードを再現したような像があります。
事件解明に大きく関わる般若院は宝福寺の奥の方にあります。

作品に登場する通り湯豆腐や精進料理が食べられるスポットですが、この記事を書くのに調べ直してみたところ2019年4月から休業中のようです。(2022年3月時点)
そして総社市内のホテルに宿泊して、岡山の描写は全て終了です。
事件の前日談として倉敷の別の事件も紹介されますが、こちらについては舞台と言えるような詳細な描写はありません。
余談ですがこの日の行程をGoogleマップで調べてみたところ、総社での行程は約20km。自転車とは言え、なかなかの距離です。お疲れさまでした。
そして最後に。
この作品に登場する舞台を一通り書き出している真っ最中に、著者の西村京太郎さんが亡くなられたとのニュースが舞い込んできました。
学生時代に通学の電車内で電車のミステリーを読むという非常に臨場感のある読書を楽しんだのは今でも良い思い出です。
謹んでご冥福をお祈りします。