瀬戸大橋物語4:瀬戸大橋、最大の難関

三井造船玉野事業所

瀬戸大橋、最大の難関

 橋自動車と鉄道の併用橋を瀬戸大橋で実現するためには、橋を作る上で必要となるケーソンを大きな物にして橋のたわみを抑える必要がありました。
 瀬戸大橋建造で最大の難関とも言えるこの工事には様々な問題が含まれていました。

 まず巨大なケーソンを玉野市の三井造船玉野事業所で作りました。
 しかし完成した巨大なケーソンを運ぶのは困難を極めるため、完成途中の状態で海に浮かべて移動させました。
 タグボート12隻を使って、ケーソンを引っ張って所定の位置まで移動させると、その場で水を注入することで海に沈めます。
 目標地点へ落ち着いた時点で岩や粗骨材を投入し、モルタルを流し込んで完成させます。

 ここまでを読むと、巨大な建造物を作るのが大変だったという事だけで終わってしまいそうですが、ケーソンの設置にはもうひとつ大きな問題がありました。
 ケーソンは最大限水平にした状態で設置する事が求められます。
 その為には砂や石で凹凸になっている海底の堆積層を水平になるように削る必要があるのですが、当時の技術でそれを実現できる方法はダイナマイトによる爆破のみでした。

 しかしその規模は日本では初とされる大規模な爆破です。
 豊かな漁場である瀬戸内海での大規模な発破が、生態系へ及ぼす影響を懸念して、地元の漁業を営む方々から反対の声が上がったのです。
 瀬戸大橋は生態系への影響を最小限に留めて、ケーソンが設置できる方法を模索することになります。
 やがて少量のダイナマイトを時差を持たせながら爆発(段発)させる手段でなら、生態系への影響を最小限に留めなながら堆積層を水平にすることが出来るという結論で合意に至りました。

 後のページでも環境問題や景色との調和などの問題を紹介していきますが、瀬戸大橋が建造された時代は、既に技術的に橋をかけることが出来ればいいという時代ではなくなっており、様々な問題を解決しながらの建造だったのです。


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写真撮影:岡山の街角から


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