西爽亭
詳細
所在地:倉敷市玉島3-8-25
駐車場:有り
入場料:無料(見学のみ。会議室等としての利用は有料)
入場時間:9:00~17:00
定休日:月曜日、祝日年末年始
国指定:登録有形文化財
関連リンク:玉島の地名の由来
西爽亭とは?
倉敷市玉島の『西爽亭』は、江戸時代に備中松山藩(高梁市)に仕え、奉行格の扱いを受けていたという大庄屋の柚木家の旧住宅です。
天明年間(1781~89)の建築で、江戸時代中期に建てられた庄屋の建物の特徴を備えています。
1993年に倉敷市へ寄付されました。
入場は無料で、係の方の手が空いていれば建物の案内をして頂けます。
藩主の板倉家の宿泊地として利用されただけあって、非常に立派な建物です。
西爽亭という名前は、儒学者である菅茶山が名付けたといわれています。
玉島の恩人と西爽亭
西爽亭は玉島の恩人と呼ばれる熊田 恰が自害をした場所です。
藩主・板倉勝静の腹心として活躍した備中松山藩の年寄役を務めた人物です。
1868年、備中松山藩は岡山藩から朝敵(朝廷の敵)とされました。
そのような状況下で熊田 恰が150名以上の兵を引き連れて玉島へ戻ってきたので、玉島は岡山藩の兵士に囲まれ、緊張状態に陥りました。
状況を鑑みた熊田 恰は、自らの命と引き換えに、玉島での戦争を回避し、同行していた部下に害が及ばないように事態を収束させました。
玉島の恩人という呼び方は玉島を戦火から守った恩人という意味なのです。
『次の間』と呼ばれる部屋が自害の場です。