TOPコラム岡山で起こった事>10.水戸黄門と高梁

水戸黄門

『高梁と水戸黄門の危険な関係!?』

水戸黄門と高梁

 昔の新聞記事に、水戸黄門と高梁市について興味深い記載があります。

 それは水戸黄門の映画を高梁市で上映するにあたって、かつて備中松山藩の藩主だった水谷勝美の墓前において追弔会が催されたというものです。
 何故に水戸黄門の上映で水谷勝美の追弔会が開催されるの…?と思った方もおられることでしょう。

 実は高梁市には【水戸黄門に関する興行を行うと災いが起こる】と言うジンクスが存在していました。
 歌舞伎が上演されれば劇場が火災に遭い、映画を上映すれば映画館も全焼してしまったというのですから穏やかではありません。

 追弔会はそうした事態を受けての事でした。

水谷勝美と水戸黄門

 では何故に水谷勝美の墓前での追弔会なのでしょう?

 実は前述の災いの原因として考えられていたのが水谷勝美だったのです。
 詳細は不明なのですが、生前に水谷勝美と水戸黄門の徳川光圀の間には何かしらの怨恨が存在していたのだそうです。
 
 その為、高梁の地で徳川光圀の活躍を描いた水戸黄門に関する興行が行われる事を快く思わなかった水谷勝美が災いを引き起こしたのだと考えたのです。

 その後、テレビで水戸黄門の放送が始まった際には特に災いは起こっていないようなので、水谷勝美の怨恨も追弔会で収まったのかもしれませんね。



<<前のページへ
  目次へ戻る  次のページへ>>


関連リンク

画像:『三人組』





 -戻る-



ページトップに戻る