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常山城跡

常山城址・女軍の墓

詳細

所在地:岡山市南区~玉野市
建設:文明年間(1469~1486年)?
営業時間:見学は24時間可
※ただし、夜間は暗く危険なので日中が推奨
入場料:無料
市指定:史跡(岡山市、玉野市)
駐車場:あり

常山城と常山合戦

 岡山市南区~玉野市に跨る常山の頂上付近に、かつて上野氏が築いたとされる城の跡地があります。
 築城は文明年間と考えられていますが、詳細は伝わっていません。

 上野氏は備中を支配した三村氏の姻戚に当たります。
 その関係から三村家と共に毛利家と対抗する事になります。
 しかし毛利家の進撃は進み、三村氏は滅亡。1575年には三村氏の一族最後の居城として常山城も攻撃を受け、城の周囲を取り囲まれました。
 そして城主・上野隆徳が自害して落城しました。これを常山合戦と呼びます。

 その後も城は存続し、戸川家、伊岐家が城主を歴任しましたが、池田家が岡山藩主を務めるようになると常山城は廃城になりました。
 現在、城跡には後述する女軍の墓や上野隆徳が切腹したとされる岩、そして石碑が作られている他に、城の建物は残されていません。

女軍の墓


常山城跡
 常山城跡の一角に34基の墓が立ち並んでいます。
 これが「女軍の墓」と呼ばれているものです。

 上野家時代の常山城が毛利家に攻め込まれた、城主の上野隆徳は酒席を開いて一族の者は自害しました。

 しかし上野隆徳の妻である鶴姫は異なる選択をしました。
 自ら武装するや侍女を引き連れて、毛利家の軍勢へ攻め込んでいきました。
 鶴姫は急な襲撃に戸惑う軍勢の中から乃美宗勝を見つけ出し、戦いを挑みます。
 しかし乃美宗勝は女性とは戦えないとこれを固辞。

 鶴姫は家宝の宝刀である国平の太刀を託し、城内に戻り自害して果てました。
 この墓は鶴姫と、それに付き従った侍女の物と考えられています。

その他史跡


 常山城には他にも幾つかの史跡があります。

・底無の井戸
底無の井戸
 常山城で使用されていた井戸です。
 一度も枯れた事が無いと伝えられており、ご覧の通り現在もたっぷりと水が満ちています。

・千人岩
千人岩
 常山合戦の際に城の退路を断つ為に、この岩の辺りに千人の兵が配備されていたと言われています。

アクセスについて


 常山城跡に徒歩と自動車の双方で迎えます。
 ただし注意点があります。

・徒歩、登山道について
常山城の登山道
 道は上の写真のような登山道です。

 動きやすい装備を整えておかないと危険です。
 所々で道が判別しづらい部分があるので、木々に巻きつけられている赤いテープを探しながら進みましょう。
 時間は登山に慣れていれば30~40分程度あれば充分ですが、不慣れな方はもう少し余裕を見たほうが良いでしょう。

・車道について
常山城への車道
 車道は上の写真のように非常に狭い状態が続きます。
 対向車があった場合に行き違いが出来る場所も限られているので、もしもの時は相当の距離をバックする覚悟と技術が必要です。

 所々で木の枝が道にまで伸びていたり、時には倒木がそのままになっている場合もあり、余り速度を出さずに慎重に進みましょう。

・おすすめのルート
 私のお勧めは徒歩です。
 徒歩が良いというより、道の状態が余り良くないので、車をお勧めしません。
 登山道に不安がある場合は車道を歩くのもいいでしょう。

 もし登山道に不安がなければ、お勧めは行きは登山道、帰りは車道を徒歩が良いでしょう。
 先に紹介した常山城のスポットの内、底無の井戸は登山道側に、そして仙人岩は車道側に位置しています。
 なので行き帰りでルートを変更すれば、どちらのスポットも道すがらで確認できます。


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関連リンク


写真:常山城跡
写真撮影:岡山の街角から

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