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『橋本龍伍とお灯明事件』
橋本龍伍とは
今回ご紹介するお灯明事件の主人公である橋本龍伍は、岡山県選出の元国会議員です。
1949年に岡山2区で主義委員議員へ当選、以降56歳で亡くなるまでに当選6回を数えました。
その急死を受けて地盤を引き継いだのが、長男で後に第82代内閣総理大臣を務めることになる橋本龍太郎です。
次男は高知県知事の橋本大二郎、国会議員の橋本 岳は孫に当たります。
お灯明事件とは
1951年、厚生大臣だった橋本龍伍は戦争犠牲者の遺族へ対する弔慰金の予算に関して、大蔵省(現在の財務省と金融庁の前身)と対立していました。
大蔵省が予算として提示した金額は橋本龍伍の納得できるものではなく、その事に怒って、当時の大蔵大臣だった池田勇人に対して「お灯明台にしかならない」と痛烈な批判を行いました。
そして自身も厚生大臣を辞任しました。
これがお灯明事件です。
橋本龍伍は少年期に大病を患い、生涯を杖を手放せませんでした。
その経験から「政治は弱い人のためにある」を政治信条にしていました。
お灯明事件はそんな橋本龍伍の人柄を物語るような出来事ではないでしょうか。
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写真:お灯明
写真提供:イラストAC