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旭川沿いの記念碑

『鳥人幸吉、京橋から飛ぶ』

日本初飛行!

 日本で初めて空を飛んだとされる人物が、岡山県出身だった事はご存知でしょうか?
 江戸時代、京橋から飛び立った一人の男性が、日本で初めて空を飛んだ人物だといわれています。
 事件が発生したのは1785年、岡山市の京橋でした。
 鳥を模して作られた翼で、幸吉という男性が京橋から飛び立ったのです。
 この時の飛行に関して、詳細な情報は残されておらず、すぐに落下してしまったとも、多少滑空したとも言われていますが、夕涼みで沢山の人がいた旭川周辺では、突然の出来事に大騒ぎになったと伝えられています。

 実際、幸吉は人々を騒がせた事を咎められて、岡山から所払いになっているので、多少は飛行する事に成功していたのではないでしょうか。
 この飛行が成功していたとすれば、日本初飛行は勿論、世界でも指折りの早さだった事になります。

鳥人・幸吉とは

 空を飛んで見せた事から鳥人・幸吉と呼ばれている幸吉は、本名・浮田幸吉といい、玉野市八浜地区に生まれました。
 幼い頃に父を亡くし、紙屋に奉公に出されて修行をし、優秀な表具師(襖などに紙を貼り付ける技術を持つ人)として知られるようになっていました。
 僅かな時間とは言えど、空を飛ぶのに耐えうる翼を作り上げられたのは表具師としての技術があったからでしょう。
 表具師・幸吉と呼ばれる事があるのも、その為です。
 
 彼が人一倍興味をそそられていたのが、空を飛ぶことです。
 その思いが高じて、鳥を捕まえるなどして、翼と体重の関係などを調べ上げて、人が飛ぶために必要な翼を作り上げていったのです。

羽の模型
 上の写真は出身地の玉野市に飾られている、幸吉が作ったとされる翼の模型です。
 これを用いて飛び立つ場所として京橋が選ばれたのは、庶民が自由に出入りできて、高さを稼げる数少ない場所だった為だそうです。

その後の幸吉

 岡山を所払いになってしまった幸吉は、静岡県に移り住んで、時計の修繕や入れ歯を作るなど、持ち前の器用さを活かして過ごしたといわれています。
 一庶民だった幸吉のその後の人生は、はっきりしない部分もありますが、そのまま平穏な人生を過ごしたとも、再び飛行の夢を抱いて、二度目の所払いを言いつけられて移住したとも伝えられています。

 現在、現場となった京橋付近には、日本初の飛行の記念碑が建てられているほか、出身地の玉野市の八浜地区では偉業を記念したお祭りが開催されるなどしています。

 また1997年には、事件が起こった当時の藩主だった池田家の子孫・池田隆政さん(池田動物園創設者)によって、200年以上ぶりに岡山への所払いが解除されるという、粋な出来事もありました。

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関連リンク

画像:岡山市の記念碑
写真撮影:岡山の街角から

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