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【番外編】鳥人(実写版・浮田幸吉)
空を飛ぶことを目指し、鳥の翼を研究して実際に滑空する事に成功しました。
戦前にそんな彼の挑戦が、実写化された事があります。
実写映画・鳥人
実写版の浮田幸吉を演じたのは、戦前~戦後にかけて映画やドラマで活躍した俳優の嵐 寛寿郎です。物語は映画らしく大きく脚色されています。
本来の浮田幸吉は表具師の技術を生かして、背中に背負える程度の翼を作り上げて、ハングライダーのように滑空したと伝えられています。

(玉野市に展示されている幸吉の翼のレプリカ)
映画版ではその翼が非常に巨大で、まるでゼロ戦の翼の部分を鳥の羽のデザインに変えた鳥型飛行機のような乗り物に置き換えられています。
更に飛行する技術を奪おうとする敵役が登場し、命からがら初飛行に成功するというチャンバラ要素まで加味されています。
この作品はDVD等での販売はされていませんが、amazonプライムビデオで視聴が可能になっています。
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ロケ地は…!?
浮田幸吉は玉野市八浜町の出身です。
そして岡山市の紙屋に奉公に出されて、そのまま表具師として身を立てました。
滑空を試みたのも岡山市の京橋で、全てのエピソードは県内にあります。

しかし結論からいうと岡山のロケ地は無いようです。
映画でも舞台は岡山になっていますが、特に岡山を特定できる風景はありません。
それどころか山のシーンでは遥かな連峰が臨めるシーンまであり、岡山はロケ地に用いられなかったようです。
ラストシーンの飛行も、京橋ではなく山の上に設けられたすべり台のような滑走路を滑り落ちて勢いをつけて空を舞うというものです。
岡山の城下町の上空を飛ぶシーンもありますが、この時も残念ながら岡山城や後楽園と言った岡山である事を特定できる風景はありませんでした。
衝撃のラストシーン(ネタバレあり)
映画のラストシーンはなかなか衝撃的な内容でした。
ここから先はネタバレを含むのでご了承下さい。
映画のラストシーン。
幸吉はまるで鳥型飛行機のような乗り物で、城下町の上空を飛行していきます。
そして段々と映像にエンジン音が聞こえ始めて、最終的に現在の飛行機が飛行していくシーンに置き換えられていきます。
幸吉の空を飛ぶ為の情熱は日本空軍に引き継がれたという趣旨のようです。
映画の終わりに戦闘機と思われる飛行機をバックに「不遇なりし先覚者 幸吉よ 君はまや こよなき後継者を得たのだ!」という文字が表示されます。
全体的に突飛な感じ漂う映画ではありますが、流石にこれは飛躍し過ぎではないかと思った方も折られるのではないでしょうか。
鳥人が発表されたのは1940年で、前年の1939年10月に映画を統制する為の映画法が施行されました。
これにより映画作品には軍国主義を推し進めるような内容が求められるようになり、脚本の事前検閲なども行われています。
恐らく浮田幸吉を映画にするコンセプトが先にあり、その後で戦時下でも映画が発表できるように無理やりに戦闘機と浮田幸吉の飛行を結びつけたのでしょう。