『社会活動家・森近運平』
解説
明治天皇の暗殺を計画したとして、多くの無政府主義者や社会活動家が逮捕された大逆事件(幸徳事件とも)。
この事件で死刑になった中に、井原市出身の森近運平がいます。
社会活動家として活動していたのは事実ですが、事件の頃には岡山に帰郷して農業に従事しており、暗殺計画への具体的な関与はありませんでした。
しかし判決は本人にとっても驚きの死刑でした。
明治天皇の暗殺計画に関与したのは、実際は数人程度だったと言われています。
しかし当時の政府は事件を利用し、政府に敵対する可能性のある活動家を一掃する目的で、多くの人々を冤罪で捕らえました。
森近運平は指導者として秀でた人物であるが故に、冤罪で死刑とされたのです。
農業に従事していた際には、現在の農協にも繋がるような組織である、農業従事者の協同組合の設立等に関与しています。
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