交通の要所・建部
岡山市北区の建部地域は、かつての建部町の町域を指し、岡山市の最北端に位置しています。この地域は、古代から備前国と美作国の国境にあたる交通の要所として重要な役割を果たしてきました。
特に、旧建部町の中心地であった福渡(ふくわたり)地区は、その重要性を物語る有名な文句があります。
「行こうか岡山、戻ろうか津山 ここが思案の福渡」
これは交通手段が現代ほど発達していなかった時代、福渡に設けられた渡し舟の発着場を指しています。
当時、旅人や商人はここで立ち止まり、この先岡山(南)へ進むか、それとも津山(北)へ戻るか、進路を真剣に思案したことが伝えられています。福渡は、人の移動と物流における、まさに思案の分かれ目だったのです。
地名の由来
建部という地名は、古代のヤマト王権下の部民制における「武部(たけるべ)」に由来します。
「武部」とは何か?
武部は、軍事的な役割を担った部民(特定職能集団)であったと伝えられています。
この部民は、伝説的な英雄**日本武尊(やまとたけるのみこと)の功績を後世に伝えるための「御名代(みなしろ)」**として設けられました。
つまり、岡山市の建部町には、日本武尊にゆかりのある、あるいは軍事的職能を持った人々が住んでいたと考えられており、その集落名がそのまま**「建部」**という地名になったのです。
全国に残る「タケベ」の地名
「タケベ」という同じ由来を持つ地名は、文字のバリエーションを変えながら(武部、竹部など)、全国各地で見られます。これは、日本武尊という英雄がヤマト王権の拡大とともに、いかに全国に影響を与えたかを示す証拠であり、岡山の建部地域もその重要な一つです。
関連リンク:建部駅





