沖新田とは
岡山県の干拓地である沖新田には、数字を含む地名が多く見られます。
○番用水、○番川、そして三蟠に九蟠などです。
これらの地名は全て沖新田の干拓事業に由来します。
17世紀の日本の各国で干拓による土地開発が盛んに行われました。
沖新田もそうした干拓の一つです。
干拓面積が1918haという圧倒的な規模にもかかわらず、半年ほどで完成という非常にすばやく行われたその秘密が、これらの地名にあります。
津田永忠は工事現場(当時の言葉で丁場)を九つに分けることで、それぞれの競争意識を高め、大規模なこの干拓を非常に短期間で終わらせたのです。
沖新田と地名
沖新田に見られる数字を含む地名は、当時に仕分けられていたそれぞれの工事現場の番号に由来しています。
五番、六番、七番、外七番の地域、現在の光津、政津、君津、升田といった地名は、藩主である池田光政の光政、干拓の責任者である津田永忠の津田という名前に由来する地名です。
このように、様々な形で干拓事業の名残が地名として残されています。

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関連リンク
写真:九蟠の風景
写真提供:Googleマップ