地名の由来
岡山後楽園から旭川を北上していくと、旭川に浮かぶ双子島、西中島と東中島があります。それぞれ西川が西中島、東側が東中島です。
川の中にあるので、島というより中州と読ぶ方が一般的でしょうか。中洲は川の上流から運ばれてきた土砂が堆積した場所で、川岸とは繋がらずに川の中に存在し、川中島とも呼ばれます。
中島は中洲である事に由来します。古くは中州加とも呼ばれていました。
西中島には扇斗島との別名で呼ばれた記録もありますが、こちらは島の形が開いた状態の扇のように見える事に由来するものと考えられます。
京橋と宇喜多秀家
中島には京橋がかかり陸路で繋がっています。
元々の京橋は現在の古京町に罹っていましたが、文禄の駅の際に那須半入という町民が大量の酒やクラゲを差し入れて京橋の移転を求めました。
その心意気が気に入ったのか、それとも単に酒類が喜ばれたのかは分かりませんが、京橋の移転は許可されました。
こうして双子島は陸続きになり、旅館が連なる旅籠町として栄えました。

(西中島から見る京橋、岡山市街地)
明治時代に入ると色町として大いに栄えましたが、それも今は昔。
現在は閑静な住宅街になっています。




