倉敷・後鳥羽上皇御影塔と謎の貼り紙 倉敷 岡山の話題 倉敷市の熊野神社の横に後鳥羽上皇御影塔があります。 承久の乱で朝廷側が破れた為に隠岐へ流されました。 この塔は備前児島(現在の児島半島)へ流された頼仁親王と覚仁親王が一周忌の供養の為に建てたとされています。 解説の看板がやや苔むしてます。 この御影塔から徒歩数分の場所に覚仁親王、少し離れた場所に頼仁親王の墓もあります。(参考→倉敷にある後鳥羽上皇の御影塔) 御影塔の隣に小さな石積みがありますが、こちらは何なのか判りませんでした。 ただ石を重ねておいていあるだけだったりして。 他にこんな貼り紙も。 後鳥羽上皇の供養塔なので、不自然なこともありませんが…、こんな所に貼らなくてもと思ったりして。 【倉敷市】宮内庁管理の頼仁親王墓へ行ってきたよ!日付2021年10月7日関連理由倉敷頼仁親王が最初に流されたのは玉野市だった?日付2022年8月27日関連理由倉敷【笠岡市】長法寺開創800年のリーフレットを入手したよ!日付2024年5月3日関連理由パワースポットこちらもお勧め 【倉敷】モンフレールでサービス満点のステーキ