【和気町】浦上与次郎の墓を訪問|宇喜多直家に毒殺された?浦上宗辰の伝承地

【和気町】浦上与次郎の墓を訪問|宇喜多直家に毒殺された?浦上宗辰の伝承地
少し古い話題になりますが、以前に片上鉄道の駅跡を散策した際に、少し足を延ばして浦上与次郎の墓というスポットにも立ち寄っていました。
和気町岩戸、天神山城跡から徒歩圏内の場所にあります。
住宅地から非常に分かりづらい山道への岐路を入っていくとすぐの場所にあります。

場所自体はさほども歩かなくていい場所なのですが、この地を訪れる人が少ないのか、枯葉が積もっていて歩きづらいです。
良く滑るので気を付けて進みましょう。
この五輪塔が浦上与次郎の墓です。
浦上与次郎は「浦上宗辰」という人物の別名です。
この別名が天神山城の創建で知られる浦上宗景と同じなので混同しないように注意が必要です。
宗辰はとある不名誉なエピソードで有名な人物です。
彼は前述の宗景の息子で、宇喜多直家の娘を妻に迎えていました。
これは宇喜多直家が浦上家から離反し、追い詰めようとした出来事に関連するもので、和解に至る際に両家の関係を強くするために宗景の息子、直家の娘という縁談を進めたようです。
しかし彼は義父に当たる宇喜多直家を訪ねた際に毒を盛られ、そのまま死んでしまいます。
このエピソードは梟雄として知られる宇喜多直家の所業の中でも特に有名なもので、姻戚にまで手をかける策略家としての顔を引き立たせるものです。
…が、実は浦上宗辰の実在性に関しては、記念では疑問符が付き始めています。
もしかすると宇喜多直家の策略家としての一面を強調する為に生み出された架空の人物などなのかもしれません。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。











