津山事件報告書から自害現場の地番を特定|荒坂峠・都井睦夫終焉の地を検証する

津山事件・自害現場は本当にここなのか|報告書の地番から現地を割り出してみた
最近、YouTubeで津山事件についての動画を検索していると、事件の終焉の地である荒坂峠を訪れる人が増えているようです。
玉石混交で品質、内容の差異はある物の、情報が出尽くした感のある津山事件の動画に於いて、他との差をつける意味では現地訪問、そしてその最たる象徴となる自害現場への訪問による差別化…という流れがあるのかもしれません。
ただし現地にそういった案内があるわけでもありません。
都井睦夫の遺体の写真は津山事件報告書に掲載されており、それがネット上などに転載されいるものの、特定できるような風景がありません。
その為、峠の適当なスポットでこの辺りが…というような案内をしたり、貝尾集落が見渡せる辺りで解説を加えたり…というような形を取っているものばかりです。
ところで私の作っているコンテンツ「津山事件を学ぶ」では、事件の唯一の公的文書である津山事件報告書の解説を行っています。
実は報告書の都井睦夫の遺体に関する記載の中で、遺体発見現場の番地が記載されています。
この書類の中で「苫田郡西加茂村大字樽井字仙ノ城一、四八一番地山林中」とあります。
現在の住所に直すなら津山市加茂町楢井481番地という事になりそうです。
これは地番なので普通の地図で検索してもヒットしません。そこで地番検索に対応したサービスで検索してみます。

赤いピンのある地点から上下が該当の番地です。山中という事もあって、一つの番地がかなり広いです。
この場所のどこかが自害の地点という事になります、
これを見やすいGoogleマップに切り替えてみましょう。

概ねピンの上下、木々が茂っている辺りが指定の地点になります。荒坂峠といえば一般的にはもう少し西側を指す事が多いのですが、この辺りも荒坂峠と呼ぶのかどうかについては、峠がどこからどこまでといった資料が無いので判断がつきかねます。
前提として当時の地番=現在の地番で変更がないのかもはっきりしません。一応、この記事では同じと仮定して進めます。ご了承ください。
先ほどの津山事件報告書の記載によると「小松雜木等繁茂スル中間ノ約十坪位ノ雑草地」とあります。
これに関しては事件当時と現在では木々の茂り方が同じであるとは限りませんが、峠の中ではやや開けた場所だったのでしょう。
前述の通り木々の茂り方も変わっているでしょうし、現場写真と見比べたところでこれ以上の特定は難しいですが…、最後に都井睦夫が見た風景を追体験できるかもしれません。
ちなみにこの場所と事件の起きた貝尾の位置関係は次のような感じです。

ピンの場所が番地の地点で、真南に貝尾集落を確認できます。
高層の建物があるわけでもなく、今も昔も地点を目視することが出来たはずです。
事件さえ起こらなければ、そこで祖母の作った味噌汁でもすすっていた筈の朝。
自分の引き金を向けた青年の気持ちは分からないままでした。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












