【倉敷】浜ノ茶屋の「3つの頭蓋骨」|官報が記す、静かなる行旅死亡人の謎

官報の行間に潜む、戦慄の「同時発見」
少し前に笠岡市の神島にある行旅死亡人へ贈る詩を紹介しました。
そんな事もあって、久しぶりに岡山県内の行旅死亡人の公表データをチェックしに行ったところ、ちょうど5月に倉敷市が発表していました。
しかも同時に3件。 ある程度数が溜まってから公表する方式に変えたのか…?と思っていたら、今回の件はちょっとしたホラーな内容でした。
以下は令和8年6月22日に官報に掲載された際のデータより引用します。
※順番は倉敷市の告示番号の順です。
一件目の行旅死亡人

まず一件目です。
2026年5月13日午前10時50分頃に倉敷市浜ノ茶屋162番地で発見された40代半ば~50代の男性の頭蓋骨です。
頭蓋骨からは性別や年齢の推定が可能です。
死亡からは10年以上が経過。上限推定は不能ということで、10年以上というのが10年なのか15年なのか…というのは分からないようです。
着衣や所持品も無いので、個人の特徴として挙げられるのおは頭蓋骨の形状でした。
前頭部がなだらかで、白っぽいもの。…白っぽいというのは頭蓋骨の色なのか、それとも僅かにでも皮膚が残っていて、そこから推定したのか。どちらにしても余り参考になる情報とは思えませんね。
2件目の行旅死亡人

続いて2件目です。
こちらは2026年5月13日午前10時50分頃に倉敷市浜ノ茶屋162番地で発見されました。
上記の件と同様に頭蓋骨しか見つかっていませんでしたが、そこから推定し30~40代の女性とされています。
亡くなられてからは少なくとも5年以上。
こちらも同様に上限の推定は不能。頭蓋骨から分かる身体的な特徴としては頭頂部と下顎部が離れているとあります。
面長な女性だった…という事なのでしょうか。こちらもそれだけで個人の特定につながるような情報ではなさそうです。
3件目の行旅死亡人
そして最後の3件目です。
こちらは2026年5月13日午前10時50分頃に倉敷市浜ノ茶屋162番地で発見されました。
上記2件と同様でこの方も頭蓋骨のみが発見されました。
頭蓋骨から推定される年齢、性別は50代以上の女性です。
髄骸骨の身なので着衣や所持品がなく、個人の情報としては頭蓋骨の形状から前頭部にやや丸みがあり、やや茶色っぽい事が公表されています。
色は1件目の方の時にも公表されていますが、皮膚の色なのか頭蓋骨の色なのか気になりますね。いくら親しい人、親族でも骨の色は知らないという人が大半でしょう。
以上の3件が今回の行旅死亡人として紹介された件です。
おわかりいただけただろうか
3件をそれぞれの公表データから紹介していきましたが、お気づきになられたでしょうか?
この3件は同全て同時に、同じ場所で発見されています。
- 発見日時:2026年5月13日午前10時50分頃
- 発見場所:倉敷市浜ノ茶屋162番地
ちなみに住所は地番なので住居表示制度が実施されている倉敷市浜ノ茶屋では、そのまま検索しても該当の場所は表示されません。
時刻も同じなのでどこかにこの3名の髄骸骨が、同じ場所に安置されていたという事と思われます。
これはちょっとしたホラーですね。
真実を妄想する
この件については特に新聞報道もされていませんし、事件性については無いものと考えられているようです。
年齢的にはまだ平均寿命を大きく下回る方ばかりで、疑問に思う部分もありますが、証拠もなく騒ぎ立てるのもよくないでしょう。
一つの可能性として思ったのが、病院で標本として用いられていた可能性です。
今は行われていないようですが、過去には本物の頭蓋骨が骨格標本として用いられていた事があります。
それが病院が閉院した後に発見されて、ちょっとした騒ぎになったという事例は過去に存在します。
実は浜ノ茶屋ではここ一年くらいの間で閉業した病院があります。なので、そういった物が残されていた…という可能性は考えられます。
しかしそれは随分と昔の話しであり、今回の頭蓋骨は5年以上、10年以上前に死亡と推定と、文章からするとそれほど古い物とは思えません。
ただしどの頭蓋骨も亡くなった時期の上限は不明とあるので、もしかすると保存状態が良かっただけで、本物の人骨が標本にされていたような時代の物である可能性がないわけではありません。
ニュースなどで報じられていないということは、真相はそのような物なのかもしれませんね。
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岡山生まれ、在住歴=人生。興味がある場所は歩いて見に行く「まち歩き」実践者。 郷土史だけでなく、地域グルメの歴史や廃線跡などの隠れた観光スポットを特に深掘りして発信。現在から過去まで網羅する岡山の情報サイト。 サイト開始:2002年~。25年以上の運営実績。












